約 997,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1607.html
「ジ・エンドが……」 「僕らを庇ったのか……」 何処かの世界で、崩れてゆく巨大な人型を見て桃色の髪の少女と一人の男性がそう呟いた。 ルイズ・フラソワーズ・ル・フラン・ド・ラ・ヴァリエールは、唖然として目の前に現れた黒いゴーレムを見上げる。 その黒いゴーレムのフォルムは、禍々しくその黒と言う色がそれを一層際立たせている。 さて、何故がこの黒いゴーレムがルイズの目の前に存在するのかといえば…… 使い魔召喚『サモン・サーヴァント』を唱え実行した為である。 それはそれとして、ルイズは数十秒ばかり唖然とした後まるで狂った様に心の中で喜んだ。 他のクラスメイトが呼び出した使い魔以上じゃない! と…… これで、私はもう『ゼロ』じゃないんだ! と、喜んだ。 そして、サモン・サーヴァントの次に重要な契約『コントラクト・サーヴァント』を行なうのだが…… 黒いゴーレムの頭の部分は、ルイズの身長よりもかなり高い所に存在する。 コレを見かねて、引率の教師である中年男性……ハゲ……もといコルベールが、フライの呪を唱え ルイズを抱き抱えて黒いゴーレムの頭の部分まで空へと浮かび上がる。 丁度、その黒いゴーレムの顔の前まで来た時……ゴーレムの目が、ギョロリとルイズとコルベールを見る。 突然の事にルイズは、身をすくめ……コルベールは、ゴーレムの鋭い眼光にルイズを抱き抱えていた腕の力を緩めてしまった。 あっ……と、言葉を発する前にルイズの身は大地目掛けて落ちる。 コルベールが、慌ててレビテーションの呪を唱え様とするのだが……遅い。 ルイズは、「ちゃんと成功したのに……もう……終わり?」と心の中で呟く。 しかし、ルイズの体は黒いゴーレムの手によって受け止められ……手がそのまま黒いゴーレムの顔前まで持ち上がる。 丁度よくゴーレムの胸の部分に降ろされたルイズは、改めて黒いゴーレムの顔を見ると…… 先程と同じ様に、ゴーレムの目がルイズを見つめていた。 ルイズは、少々脅えながらもゆっくりと黒いゴーレムの顔へと近づきコントラクト・サーヴァントの呪を唱え 多分口だろう場所に、小さく口付けを行なった。 数秒後、黒いゴーレムの左手に巨大な使い魔のルーンが浮かび上がり…… ルイズを抱き抱えて降りたコルベールが、その巨大なルーンを見て「珍しいルーンですね」などと呟く。 これで、クラス全員の使い魔召喚が無事……まぁちょっとしたハプニングがあったが……終了し クラスメイト達は、フライの呪を唱え学院へと戻ってゆく。 その時に、クラスメイトに罵詈雑言を投げかけられるが……ルイズは、不思議と苛立つ事はなかった。 そして、ルイズは黒いゴーレムを見上げて……「この子どうやって学院に連れてったらいいだろ?」と呟いた。 するとその言葉に反応したように黒いゴーレムは、傅きルイズの前に右手を差し置く。 乗れって事だろうか? と、ルイズは黒いゴーレムの手に乗ると……黒いゴーレムは腕を持ち上げ 丁度黒いゴーレムの顔の後ろ……妙に後ろに膨らんでいる部分へと持ってゆく。 なんだろう? と、ルイズが首を傾げると……黒いゴーレムのその妙に膨らんでいる部分が、静かな音を立てて開く。 ルイズは、聞いた事も見た事も無い構造に驚きを表すが、どうやら入れば良いのね? と、呟き中へと入ってゆく。 ルイズが、入ったと同時に開いた場所が閉じ一瞬暗闇後に、明るくなる内部。 そこで、ルイズは改めて驚愕。 黒いゴーレムの中に入ったはずなのに、外の風景が見える。凄い……凄いわ! と、興奮し 後ろにもこんな風景が見えるのかしら! と、後ろを振り向いた瞬間…… 無数の目にギョロリと見られ立ったまま気絶すると言う器用な事をするルイズだった。 三十分ばかりで再起動を果たしたルイズは、無数の目にまたギョロリと見つめられたが……耐性が着いたのか 今度は、気絶せず……コレからどうすればいいのかな? と、考え始めた。 すると、ルイズの目の前に見慣れない文字が書かれた紙の様な物……ウィンドウ……が、現れる。 多分、どうすればいいのか……などと、書かれているのだろうが生憎、書かれている文字がまったく読めない。 はぁ……と、ため息をつくルイズ。 まるで、ため息に反応した様にウィンドウが消えまた出現すると…… 今度は、ルイズが良く見慣れた文字で色々と説明が書かれていた。 結局、その説明書きみたいなモノを一時間ばかりかけて読み……おっかなびっくりあの無数の目がある場所へと近づく。 其処には、穴が四つ空いており……説明に書いてあった通りにまず下に空いている二つの穴に足を入れ…… 次に上に空いている二つの穴に腕を入れようと試みるのだが……何度目かの挑戦後…… 「……背筋と腹筋鍛えないとダメね」 下の穴に足を入れたままがっくりとうな垂れるルイズだったが……なんとかこんとか上の穴に腕を差込顔を上げ前を見た。 「じゃぁ、行きましょうか! ジ・エンド!」 ルイズが、黒いゴーレムの名前……説明にあったゴーレムの名前……を、告げるとジ・エンドは答える様に啼いた気がした。 なお、学院に到着し自室に戻り……ベットに腰掛けた瞬間…… 手を最初に入れた方がやりやすかったんじゃない? などと気づいてルイズは、ベットに沈むのだった。 ~トリステイン学院新聞~ 驚愕! 大地を揺らし走る黒いゴーレム! その正体は、ルイズ・フランソワーズ・ル・フラン・ド・ラ・ヴァリエールが召喚した使い魔! そんな記事があったとかなかったとか……
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2780.html
事態は収束した。闖入者ウルカヌス・は倒され、オニクス十式はルイズの使い魔となった。これで何もかもが丸く収ま------- らなかった。 直後に教師陣が中庭に集結し、ルイズとオニクス、コルベールとその他一部の生徒が校長室に呼び出された。 待っていたのは質問攻め。 あの敵はなんなのか? 敵の目的。 オニクスとウルカヌスの関係性。 そしてオニクスの正体。 オニクスとルイズとその他の人たちは、本当のことを嘘偽りなく話した。 「ではあのウルカヌスワンとやらも、アナタも『神』だと?」 「そうだ」 「そしてこれから自分がいる限り、この学園にはあのような連中がやってくると」 「断言はできんがおそらく」 オニクスは教師らの質問に全て答えられる範囲で答えた。この質問攻めの開始された時から広がっていた教師陣の動揺は、さらに広がっている。 動揺せずがっしりと構えているのは、オールド・オスマンとその秘書ロングビル、そして数名の聡明な教師だけだ。 (馬鹿な…あのようなものが12体も、しかもここを襲ってくる可能性があるというのか) (神を従える生徒なんて、聞いたことがない!) (早急に排除すべきだ) (恐れ多い、神の眷属を従えようなど…) (またヴァリエールがやらかしたのか) その雰囲気にも、オニクスは黙って耐えている。まるで聞く耳を持たないかのように。逆にルイズは不安だった。 あの時は気付かなかったが、確かに神を従える魔術師など、神話やおとぎ話の中でしか聞いたことがない。すごいことはすごいが、手放しで喜べることでは無さそうだ。 「オールド・オスマン、我々はこのオニクスの追放を提案します」 一人の若い教師が言った。それに感化されるかのように、他の教師も彼に呼応してオスマンにオニクスの追放を提案する。 「そうだ!これはヴァリエールにとってもよくない!」 「ここが消滅してからでは遅いのですよ!」 だがオスマンは黙ったまま。ルイズはつばを飲み込み、依然としてオニクスは押し黙っている。 「オールド・オスマン!」 「静まれ、静まらんか」 不意にオスマンが声を上げ、一斉に教師達が沈黙する。 「まぁ、ええじゃないか」 「しかし」 「例え手に入れたとしても、使いこなせるわけではなかろう?半人前の魔法使いに高位の魔道書を与えても、扱えないのと同じじゃ。だから、そこは彼女に任せてみても良かろう? それに、オニクス殿」 「なんだ?」 「もしここに敵がやってきたとしても、お前さんが戦ってくれるんじゃろ?」 「ここの安全は保証しないがな」 オニクスは平然と言い放つ。 「その時はその時じゃ、わしは、ヴァリエールとこの使い魔にすべてを任せてみてもいいと思うぞ」 オスマンの一言で、教師陣は沈黙する。この老いた魔法使いの放つ言葉には、何というか威厳というか、妙な説得力があった。 それに押されてしまったのだろう、もうオスマンに反抗の意を唱えるものはなかった。 「…ご覧の通り、皆納得したようじゃ。ささ、でてったでてった」 夜。ルイズはクッタクタに疲れていて、自分の部屋に戻るや否や、ベッドに倒れふしてしまった。続いてドアをくぐるように、オニクスがルイズの部屋に入る。 「ふはぁ…あんたのせいで、疲れたわ」 「そうか」 またしてもオニクスは、単調な返事を返す。まるでホンモノのロボットのように。ルイズは少し頭に来た。 「あんたさ、もうちょっとなんかないわけ?」 「なにかないかとは」 「もうちょっと『ごめんなさい』とか、『すいませんでしたぁ』とか、あるでしょ」 「謝る必要性はない」 「はぁ?」 「俺は自分の身を守ったまで。お前は確かにウルカヌスに殺されかけたかもしれんが、それはウルカヌスが悪いのであって、俺は全くの無罪だ」 「あんた、召還されてすぐに私にした悪行の数々を、忘れたって言うの……!?」 「…そうだったな。だが、アレも半ば自業自得だろうに。もう少しやんわりとした言い方は出来ないのか」 「使い魔に対してしつけをして何がいけないってのよ!」 「そうか、使い魔は人間以下の存在なのか。俺も堕したな、昔はもう少しマシに扱われていた」 「そりゃ神様だものね」 …彼らのコンビネーションは当分よくはならなさそうだ。 「そういえば、ルイズ」 ふと、オニクスが声をかけた。本来ならルイズはここで 「ちょっと、もうちょっとよびかたがあるでしょ!?『御主人様』とか(以下略 などと怒鳴りつける所なのだが、ルイズにはその気力すらなかった。 「ぁによ」 「使い魔とは何をすればいいのだ」 「ああ、そうね。それをまだ言ってなかった」 ルイズはベッドから身を上げると、オニクスを見上げて説明を開始した。 「……まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「で、俺はそうなってるか?」 「全然。だから、これは無理ね。 えーと、それから使い魔はね、主人の望むものを見つけてくるの。例えば秘薬の材料とか……」 「そんな能力は俺にはないし、必要なかろう」 「むかつく言い方するわね…さいごに、これが一番重要。使い魔は主人を守る存在でもあるの。その能力で主人を敵から守るのが一番の役目!」 「それならば俺で…事足りるな。それだけか」 「そうね、それ以外は特にないわ」 オニクスは納得したのか、顔を伏せる。 「そうだ、私はもうそろそろ寝るから、洗濯よろしくね。そこのカゴに入ってるから。後、朝は起こしてね。じゃおやすみ」 ルイズはそういって、ベッドの中に潜り込んだ。 オニクスは呆然としてしまった。 「…洗濯、だと?この俺に、洗濯だと?」 数時間後の早朝 窓を越え、地上へと跳躍する。カゴを足下に置き、オニクスは虚空を見つめた。 「…ふざけてやがる」 ここは神話界、そのものだった。魔法が世界の常識で、神話が人々の間に浸透し、エルフが、亜人が、当たり前に存在する。 科学に彩られたあの世界のことを思い出しながら、彼は洗濯する場所を探して歩き出した。 そういえば、あの世界では洗濯も機械が代行してくれるのだったか。つくづく怠惰な世界だ。だが、皮肉なことに怠惰も技術を進める原動力のひとつである。 ○○を誰かがやってくれたなら、俺はそれをしなくて良い。 そういう思想が、案外発明を生み出す原動力になる。そしてそこに情熱が加わり、熱意となり、発明への努力に昇華される。 「…」 洗濯場を探しながら、彼はそんなことを考えていた。 洗濯場はほどなくして見つかったが、洗濯の方法がわからない。かの最高神も、洗濯まではしたことがなかったらしく、洗濯の方法は何度思い返しても思い出せない。 べつに洗濯をしないであの少女の元に戻り、口喧嘩になってもいいのだが、それはそれで面倒だとオニクスは思った。 「どうするべきか」 口に出してつぶやく。状況は、悪くなるばかりである。 「あ、あの…」 後ろから、誰かがオニクスに声をかけた。オニクスは振り向き、それを見下ろす。 メイド服を来た少女が、困った顔をして彼を見つめている。 オニクスの背は高い(2m10cm前後)。自然と見上げる形になる少女。オニクスは何となくかがみ、少女と近い高さをキープした。 「この学園にはメイドがいるのか?」 「そ、そうです。雑用は私たちの仕事で」 「雑用とは?」 「掃除とか、洗濯とか、料理とか…」 「…大変そうだな。で、洗濯か」 「はい、でも、あなたも洗濯物、持ってますよね?てことは、あなたが先じゃ」 「俺はいい。それより、後でいいから教えて欲しいことがあるんだ」 「はい、私に出来ることなら」 「…洗濯を、教えてくれ」 オニクスはメイド…シエスタの洗濯の様子を黙って見学していた。彼女はさながらプロフェッショナルのような手つきで洗濯を済ませていく。 オニクスは妙に感心してしまった。 「そういえばあなたも、誰かの使い魔なんでしたっけ」 「ルイズ…とか言ったか。あのクソガキの使い魔さ」 彼女はオニクスと会話をしながら、既に自分の洗濯を8割がた済ませている。 「名前は?」 「十式オニクス。オニクスでいい」 「なんか、厳つい名前ですね」 「…そうだな」 もしオニクスが人間なら、微笑を浮かべていたことだろう。昔の世界では絶対に味わえなかった、日常的な風景。こういうことを求めていたのかもしれない。オニクスは一人心中でつぶやく。 そうこうするうちにシエスタが洗濯を終え、オニクスに声をかけた。 「終わりましたから、洗濯カゴを持ってこっちへ!」 「わかった」 オニクスは生まれてはじめての洗濯に臨む。 結果は… 最早語るまい。 朝。 しばしの眠りから目覚め、オニクスは起動した。そして昨晩ルイズに言われた通りに、彼女を起こしにかかった。 「起きろ、ルイズ」 ゆさゆさ。 彼女の肩を揺するが、彼女は起きる様子を見せない。 「う~~ん…うるちゃい、うるちゃい、ぜろじゃないもぉ~ん」 「寝ぼけてないで起きてくれ」 「メロンパン…かゆ………うま……」 「起きろ!」 「右斜め四十五度、これアタシの角度ね~」 朝からどんな景気の夢を見ているのかも気になったが、オニクスは腹が立った。せっかく言われた通りに起こしてやったのに、なんだろうかこの態度は。と、思ったわけだ。 なので、少々荒っぽい手段をとることにした。手を手刀の形に固定し、狙いをつけ、上に振りかぶり、 「起きろ!!」 ルイズの額に、おもいっきり振り下ろした。 「嫌ぁあああああああ!! ホァアアアアア!!ホァアアアアアア!!! 天皇陛下BANZAI !!!!!!!!!」 煩かったので、もう一発チョップを決めた。 効果はてきめんだったが、お陰で朝からルイズの失敗魔法を喰らったオニクス。 ダメージ自体は少ないが、おかげでオニクスは「この主人とのコンビネーションには期待出来ない」と、つくづく思った。 一人と一機は今階段を下り、授業へと向かっている。 「ったく、洗濯ものはボロ雑巾になってるし、朝からチョップで起こされるし、ろくなことがないわよ!」 「自業自得だろうが」 「うるさいわねっ、もうちょっとマシな起こし方は出来ないの!?」 「じゃあ次からボルカノハンマーで頭をカチ割ってやろう」 「それじゃ永眠しちゃうわよ!!」 「ならお前の夢に介入して悪夢を見せてやろうか」 「悪夢で目が覚めるなんて最悪じゃないの!」 「なら少々強めの電気ショックと行くか」 「半身不随にするつもり!?」 「全身でもいいだろう。一生眠れるぞ」 「そういう問題じゃないわよ!」 とにかく二人の朝は、当分喧嘩が定例になりそうだ。 話を少し変え、時間を少し戻そう。 視点をルイズとオニクスから移し、 ギーシュという少年に向けてみることにする。 その少年はドットメイジで、貴族で、ワルキューレの使い手「青銅のギーシュ」として、学園ではある程度名の知れた魔法使いであった。 だが彼は、もっと強くなりたかった。志ある人間なら当たり前かもしれないが、彼もまた向上心が高く、誰よりも上を目指していた。 数体のワルキューレが使えても、それではまだ駄目だ。自分よりワルキューレの使い手などいくらでもいる。 そうして少しばかりの壁に突き当たっていたギーシュは、二日程前に、ある拾い物をした。 それは、青みを帯びた小石だった。親指程の大きさで、なんと顔のような模様が極めて精巧に彫り込まれている。ギーシュはこれを何故だか気に入り、持ち歩くことにした。 その小石には、自分のように美しい男の顔が彫られていた。 そして授業。 自分の得意とする、錬金の授業だったか。 ギーシュは指名され、おもむろに教師に言われた通りに鉄屑に魔法をかけた。するとどうだろうか。 本人は軽くひねった程度のつもりだったのに、鉄屑はなんと金塊に変わった。 これにはギーシュも驚いた。その後も、ギーシュの魔法はとどまる所を知らなかった。 出せるワルキューレは八騎に増え その作りは精巧になり 動きも人間に近くなり まるで、マジックアイテムで急に強くなったかのような感覚。ギーシュは興奮した。これなら学年一位とて夢ではない。 そのせいで、彼は石のことなどすっかり忘れてしまった。 それ以来、石は彼の右ポケットに入っている。 そして時は動き出す。元の時間へと、元の視点へと戻ろう。 ルイズは席に着いていた。既に授業は開始され、黒板にはチョークで字が描かれ、彼女はそれを写し取る。だが、今回の授業は、いつもと違う所があった、 「静かすぎる」。 いつもなら数名の生徒の雑談や、紙切れを回してのしりとり、ペン回しもろもろが見受けられる。それが正しい「それなりの学生の授業」のはずだ。 そしてそれを注意する教師の声もまた、日常の一部。 だが、今日の授業にはそれが全くない。 静か過ぎた。 原因は、後ろで壁にもたれかかるオニクス十式、彼にあった。 先日その力を遠慮なく見せつけてしまった彼の噂は、瞬く間に学校中に広まっており、しかも噂には尾びれまでついて、物騒なものになっている。 使い魔達もまた彼の存在を警戒し、静寂を保っている。 曰く「その手からは詠唱もなしにあらゆるものを生み出す」 曰く「身の丈程もある剣の使い手で、剣は輝き全てを切り裂く」 曰く「金色の羽で空を駆け、破壊の杖で天を灼く」 曰く「R-2とR-3と合体し、無敵のスーパーロボSRXになる」 そんな物騒な噂のせいで、今日の教室は静かなのだ。 そんな中でも、ルイズはいつもと変わらず熱心にノートを写し取る。唯一いつもと変わらないのは、彼女ぐらいだろうか。 黒板に再び字を書き始めたシュヴルーズのチョークを追い、それを書き取る。雑談には加わらず、ただそれに専念する彼女。 そう、いつもならそれで終わり。 だが、今朝は少し違った。 シュヴルーズが、前で錬金の実技をする有志を募っている。 (…普通いく奴はいないわよね) ルイズはノートを写しながら、その光景を見つめていた。そして、瞬間ペン先への意識がおろそかになった刹那に、それは起きた。 乾いた音ともに、えんぴつが折れた。 「あ」 「ちょうどいい。ミス・ヴァリエール、今回の実技はあなたがやりなさい」 完全なるこじつけ。 だが、ルイズは渋々従った。 オニクスは授業の風景を見つめていた。 どうやら「四大元素」という考え方は、どこの世界でも共通のようだ。そして今回の授業で扱うのは「土」。 見た所オニクスが小指でひねれば出来る程の魔術ばかりであったが、細かい理論の違いをオニクスは探したりしてしばしの暇つぶしをしていた。 ふと、前の方で教師(シュヴルーズと言ったか)が、実技の有志を募っている。 (誰がいくだろうか) オニクスは少し気になり、生徒達に眼をやる。 手を挙げかけで引っ込めるもの。 そもそも手を上げる気がないもの。 種類は様々だ。そして自分の主人は、後者に属していた。 (指名になるか) すると、オニクスの聴覚は乾いた音を捉えた。鉛筆の芯が、折れる音だ。音源は主人たるルイズの鉛筆。彼女の鉛筆が折れたのだった。 シュヴルーズはこれをチャンスとばかりに彼女を指名し、実技を行わせるよう促した。ルイズは立ち上がり教卓へと向かう。 すると、一人の女生徒が立ち上がってシュヴルーズに言った。 「先生、危険です」 そうだ。危険だ。その威力は十分知っている。ウルカヌスにダメージを与える程なのだから、この教室の机を全て吹き飛ばすくらいのことは出来そうだ。 それは自分に取っても、この場の全員にとっても危険だ。 ルイズはその長身の女生徒に抗議し、周りの文句を無視して詠唱を始めた。 オニクスは杖に注視する。 魔力の具合を見るオニクス。 人によって魔力の質は微妙に異なる。Aという人間とBという人間の魔力は、違うものだ。ゆえに、人によって得意な属性苦手な属性があるし、差異が出てくる。 その中でもルイズは特に、個性的なものだ。何でも爆発に還元する力、といった所だろうか。昨日あたりでオニクスは結論づけていたが、実物を見れば何かわかるかもしれない。 そう思って、これは少し楽しみにしていたのだ。 (さて、どうなることやら) 魔力が生成され、回路を伝って杖へと。 杖から大気へ放出される一瞬、そこに手がかりがある。 オニクスは注視した。 杖から変換された魔力が大気に放出される。 本来ならそれは石に到達して、奇跡を起こし石を砂なり鉄なりに変える。 だが、ルイズの場合は違った。 魔力は石に到達。 そして、魔力は役目を果たすことなく、すぐに外部へと拡散していく。 爆発へと変換され。 「…!!」 よくわからない。だが、危ないことは明らかだった。オニクスは動いた。右腕の掌を向け、高らかに叫ぶ。 「銃の腕(ゲヴェーア・アルム)!!」 瞬間、掌から閃光がほとばしった。青い閃光は机の上の小石を魔力ごと消し飛ばし、惨事は免れた。 そして教室の人間の視線は当然、オニクスに向く。 「…オニクス?何してるのかしら?」 約一名、怒りの視線を向ける人間もいる。(無論ルイズだ) だがオニクスはあくまで冷静に対応した。 「失敗するぞ」 「何言ってるのよ!私の魔法が失敗するはずないでしょ!」 「嘘をつけ。どれ、俺が手本を見せてやろう」 オニクスは机の間を横切り、教卓の隣にいるルイズに相対した。後ろではシュヴルーズが「ちょwwwおまっwww」と言った顔でオニクスを引き止めている。 「あなたなんですか?使い魔なら後ろで静かに…」 「もう一個石を用意しろ」 「ハ?」 「聞こえなかったのか、『もう一個石を用意しろ』」 有無を言わさぬオニクスのドスの利いた声に、思わずシュヴルーズは小石を用意してしまった。そしてオニクスは拳大の小石を、教卓の上に置く。そしてそれに向けて手をかざした。 「………」 ナーブケーブルを石に展開し、一瞬で組成を組み替える。小石は人形になり、着色された。 数秒後教卓の上にあったのは、ルイズとそっくりな精巧な人形だった。生徒の拍手と「おお~」という賞賛の声が漏れる。そしてオニクスが指を鳴らすと、ルイズ人形が動き出した。 「ウルチャイ!ウルチャイ!ゼロジャナイモン、ゼロジャナイモン」 その怒り狂う姿は、見事にルイズそっくりだ。 ルイズは赤面し、再び賞賛の声。 そしてオニクスがもう一度、指を鳴らすとルイズ人形は爆発した。そして爆発の煙が晴れると、そこには鳩が立っていた。真っ白な鳩だ。 「…こんなところか」 「お…お見事」 思わずシュヴルーズも声を漏らす。一方で不愉快なのはルイズだ。 「オ・二・ク・ス~っ」 「文句か」 「使い魔のくせにアタシより目立つんじゃないわよ!今日は昼食抜きよっ!!」 鳩が開いた窓から、外に飛び出していった。 次 回 予 告 プライド高き少年の些細な失敗は、 邂逅への鍵となる。 彼の手にした魔性の力は 黒き機神に悪い予感を抱かせた。 次回「青銅」 機械を纏った神々の戦いが、始まる。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5731.html
前ページドラえもん のび太のパラレル漂流記 学院の廊下を、一匹のどでかいネコとツインテールの少女が走り回っていた。 「こ、ここここのバカネコ! なぁにがいい音楽よ! この『剛田武リサイタルコレクション』ってただの騒音じゃない!」 「なにをいうんだ! ぼくはきみが『刺激的な音楽が聴きたい』っていうから…」 誰あろう、ルイズとドラえもんである。 逃げるドラえもんを遅れて爆発が襲い、さらにその後をルイズが駆けていく。 「刺激的にもほどがあるわよ! 魔法も使ってないのに、『ゼロのルイズがまた魔法を失敗したぁ!』 ってまたバカにされたのよ! 全部あんたのせいだわ!」 「め、めちゃくちゃだ!」 もはやこのところの日課になっているドラえもんとルイズの追いかけっこであった。 ルイズの失敗魔法は校舎を削り、その威力はちょっとシャレにならないものがあるのだが、 止めても聞かない上にどうせ後になってドラえもんが直すので、みな見て見ぬフリをしている。 そして、みなが黙認している理由がもう一つ。実はこの追いかけっこ、大抵すぐに終わるのであった。 「今日という今日は許さないわよ!」 このルイズ。胸も魔法もゼロだが、すばしっこさには定評がある。 人間の男にならともかく、短足ロボットなんぞに負けるはずもない。 「うわあっ!」 あっというまにドラえもんをつかまえると、その上に馬乗りになる。 そしてドラえもんのしっぽに次ぐ急所とも言うべき四次元ポケットに目をつけ、 「なにをする! あっ…」 ベリッ、とお腹から剥がしてしまった。 そのまま、手の中で弄ぶ。 「こ、こここのポケット、破いちゃったらどうなるかしらね!」 「や、やめろ! それがなくなったら…」 ドラえもんがめずらしく切迫した声でルイズを止める。 だがルイズは唇の端を意地悪くにやあー、と歪めると、 「びりびりびり!」 「ぎゃあーーー!!!!」 聞こえてきた破滅的な音に、ドラえもんが思わず叫びをあげるが、 「……なあんてね」 本当にポケットを引き裂いた訳ではない。 ただ、切り裂くような指の動きにあわせて、ルイズが声を出していただけだ。 ……実に古典的なイタズラであった。 「わるふざけはやめてくれ。まったくしんぞうにわるいよ」 ドラえもんの取り乱しように多少溜飲を下げたルイズがドラえもんにポケットを返すと、 ドラえもんはぶつくさと言いながらポケットを付け直した。 「にしても、このポケットがないと何も出来ないなんて、あんたも意外と不便ね」 「そりゃ、ずっとおなかにつけてるからなくしたりしないし、 のび太くんの家にはスペアポケットが……スペアポケット!!!!」 ポケットを破かれそうになった時より大きな声で、ドラえもんが叫んだ。 「スペ……え? なによそれ? 新しい道具?」 きょとんとしているルイズに、ドラえもんが大慌てで説明する。 「スペアポケットだよ! この四次元ポケットとおなじつくりの、よびのポケットなんだ!」 「……へえー」 一応そう言ってみるものの、ルイズには何がそんなに驚くことなのか、よく理解出来ない。 ドラえもんはそんなルイズの様子に焦れたように、 「わからないかなあ。このポケットとスペアポケットは、四次元空間を通じてつながっているんだ」 「つまり?」 「このポケットの中にはいれば、きっとのび太くんの家のスペアポケットに出られるんだ!」 そこに至って、ようやくルイズもドラえもんの興奮の理由がわかった気がした。 「それってまさか、あんたが家に帰れるってこと?」 「そうさ! ……ばんざーい、ばんざーい! スペアポケット、ばんざーい!!」 いつものやさぐれたような口調も忘れ、素直に喜びをあらわにするドラえもんの声を、 なぜだろう、ルイズはどこか寒々しい気持ちで聞いていた。 「のび太くんの家にやってきてからこのかた、こんなに長い時間、のび太くんとはなれたのは はじめてだったかもしれない。でも、それももうおわりだ。 まってろよ、のび太くん。ぼくがいま行くから!!」 興奮冷めやらぬ、といった様子で無邪気に喜ぶドラえもん。 一方で、ルイズは複雑な心境だった。 「そう。よかったじゃない」 祝いの言葉も、ついついかすれてしまう。 ――こんなおかしな使い魔、いなくなればいい、と最初はずっと思っていた。 しばらくして、ほんの少しだけドラえもんと親しくなってからも、もしドラえもんが 元の世界に帰る方法を見つけたら、快く送り出してやろうと考えていた。 しかし、それはもっともっと先のことで、しばらくはこのままの生活がずっと続くと思っていた。 なのにその時がこんなにも早く、こんなにも唐突に訪れるとは、ルイズは全く想像もしていなかったのだ。 (さっきまで、いつも通り、ふつうにバカやってたじゃない。なのに、こんないきなり……) 降って湧いたような事態に、ルイズは混乱していた。 「とにかく、部屋に戻りましょう。こんなこと、廊下でする話じゃないわ」 「ん? ああ、そうだね。帰りじたくもしなくちゃいけないし……」 ドラえもんの弾んだ声に、なぜが胸がずきりと痛む。 だが、ルイズはそれを無視して無言で廊下を歩き、自分の部屋のドアを開ける。 目の前に広がる、無人の部屋を見た時、つい、口から思いが漏れた。 「そっか。あんたが出て行ったらわたしまた、一人でここで暮らすのね……」 そんな弱音を口にしてしまってから、ハッとして後ろを振り返る。 「ルイズ…」 さっきまではしゃいでいたドラえもんが、今は申し訳なさそうな顔でルイズを見ていた。 ――まずい、そんなつもりじゃなかったのに。 ルイズは焦って弁解して、 「ち、違うわよ! さびしいとかそういうんじゃないからね! 勘違いしないでよ、バカネコ! ただ、わたしは…わたし、は……」 しかし、後に言葉が続かない。言うべき言葉は喉に詰まって、何も出てきてはくれなかった。 ルイズは大きく深呼吸して、何とか表面だけでも心を取りつくろうと、 「とにかく、なんでもないわ。いいから、早く帰りなさいよ。 ……あんたには、ちゃんと必要としてくれてる人が、待ってる人がいるんでしょ」 ルイズはそう言って、ドラえもんから視線を外した。 そのままでいると、何だかドラえもんには見られたくない顔や、 聞かせたくない言葉を漏らしてしまう気がしたのだ。 「いや、ぼくは行かない」 「…えっ?」 意外なドラえもんの言葉に、一瞬ルイズの顔がほころびかけ、 「な、なに言ってんのよ! あんたがいないと、のび太ってのが…」 それを必死で押し隠して、怒ったようにドラえもんに食ってかかる。 しかし、ドラえもんは穏やかな顔で首を振った。 「帰るほうほうがわかっただけでいいんだよ。 ぼくにはタイムマシンやタイムベルト、ほかにもべんりな道具がたくさんあるからね。 帰るのがいつになったって、ぼくがいなくなった時間にもどればかんけいないんだ」 ぽん、とルイズの頭にドラえもんの手が乗せられる。 「どうせのりかかったふねだ。ここできみを見守って、きみのことがぜんぶかたづいてから、ぼくはもどるよ」 「ドラえもん…」 その優しい言葉を聞いた途端、ルイズの顔がふにゃっと崩れ、泣き出してしまいそうになる。 しかし、何とかそこで踏み止まり、自分が無防備な顔をさらしていたことに気づいて、ルイズは真っ赤になった。 「お礼なんて、言わないんだからね!」 その顔の火照りをごまかすように、ルイズはそんな捨て台詞を残して部屋の中に駆け込んでいった。 ――その、夜のことだった。 「あれ、ドラえもん…?」 夜中に目が覚めたルイズは、ドラえもんが寝床を抜け出しているのに気づいた。 「もう、あの不良使い魔は…!」 そう毒づいて、もう一度寝てしまおうかと思ったが、どうにも気にかかって眠れない。 「これは別に、あんたのことが心配だからとかじゃないんだからね!」 誰も聞いていないのにそう言い訳して、寝台を降りる。 「ご主人さま置いて勝手に抜け出すなんて、使い魔失格……あれ?」 ぶつくさと言いながら、扉を開いたその先、そこに、ドラえもんはいた。 うっすらとした月明かりの下、一枚の写真を手に、何かを語りかけているのだった。 「やあのび太くん。きみのところにもどるのは、まだだいぶ先になりそうだよ。 でも、きっともどるから。ぜったいにもどるから、まっててくれよ」 ルイズは写真に話しかけるドラえもんを見て、思わず声を出しそうになった。 (あいつ…!) それだけ、写真を眺めるドラえもんの顔は優しくて、それ以上に悲しそうだったからだ。 ルイズの見守る中、そうとは知らぬドラえもんは、空を見上げ、ぼそりとつぶやく。 「ああ、のび太くん。きみはいったい、どうしているかなあ…」 そしてその時、ルイズは見た。 血の通わぬはずの異世界のカラクリ人形の目から、透明な雫がこぼれ落ちていくのを……。 「……あの、バカ」 ぎゅうぅ、と唇を噛み締め、ルイズはうつむいた。 ――どうして気づいてやれなかったのだろう。 ドラえもんはあんなにのび太のことを心配して、そして何より、あんなにのび太に会いたがっていたのに。 なのに自分は勝手な都合でドラえもんを引き止め、ドラえもんの気持ちも考えずに無神経に喜んでいたなんて。 ルイズは顔を伏せたまま、ごしごし、と涙をぬぐう。 「……よし」 そして、ふたたび顔をあげた時のルイズの顔は、さっきまでの甘えん坊な小娘の顔ではなかった。 誇り高い貴族の顔が、そこにあった。 翌朝、めずらしく自分で起きだしたルイズは、何でもないことのようにドラえもんに告げた。 「そうそう。そういえば言い忘れてたけど」 「なんだい? またキュルケにからかわれた? それともじゅぎょうでしっぱいしたのかい?」 失礼極まりない質問だが、ドラえもんがルイズを気遣うような言葉をかけてくるのはめずらしいことだ。 決心が揺らぎそうになるが、それを必死で押さえ、ルイズはこう言い放った。 「そんなんじゃないわよ。そうじゃなくて、あんた、今日で使い魔クビだから。故郷帰りなさい」 出来るだけ冷たく、突き放すように。 ドラえもんはしばらくポカンとしていたが、 「ははあ。ルイズ、さてはきみ、きのうのことをきにしてるんだな」 「そんなんじゃないわ…」 「いいんだ、いいんだ。きみだってなかなかいいところがあるじゃないか。 でもだいじょうぶさ。いつだって帰れるんだ。いまじゃなくてもいい」 「そんなんじゃないって言ってるでしょ!」 あくまで強情なルイズに、ドラえもんはやれやれとばかりに首を振った。 「ねえルイズ。ぼくはもう、帰るほうほうがわかっただけでまんぞくなんだ。 時間なんてどうにでもなるんだから、このままきみのつかいまをつづけて…」 諭すようにドラえもんがそう言ってくれている。……はっきり言えば、嬉しかった。 今まで家族以外にこんな優しい言葉をかけてくれる者がいただろうか。 だが、だからこそルイズにはもう、耐えられなかった。 その言葉をさえぎって叫ぶ。 「でも、あんたは泣いてたじゃない!」 もし、ドラえもんがルイズの所に留まって、使い魔をしてくれたらどんなにかいいだろうと思う。 しかし、それは望んではいけないことなのだ。ドラえもんのことを思うなら、決して。 「たしかに元の世界に戻ってからタイムマシンとやらを使えば、 あんたが消えてた時間はなくなって、元の通りになるかもしれない。 あんたの大好きなのび太だって、悲しい思いをしなくて済むかもしれない。 ――でも、あんたはどうするのよ! これからずっと、そののび太っていうのに会いたいって気持ちを抑えて、 わたしの使い魔をやるって言うの!? そんなの、わたしは認めないわ!」 ドラえもんが驚いた顔をしている。だが、それは図星を突かれた驚きの表情であって、 見当外れのことを言われた驚きではなかった。 そんなドラえもんの顔を直視出来なくて、ルイズは下を向いた。 「やっぱりあんた、ほんとは帰りたいんでしょ。そんなやつを、わたし、使い魔にしていたくない。 していたくないから、だから、帰って。帰ってよ、お願いだから……」 それでもかすれた声で、最後まで言い切った。 「……ルイズ」 かけられた声にルイズが顔をあげると……ドラえもんが複雑な顔をしてルイズを見ていた。 それだけで、それ以上何も言われずともルイズにはわかった。 やはりドラえもんは帰りたいのだ。元の世界に帰って、のび太と会いたくてたまらないのだ。 「ルイズ。その、なんていったらいいか…」 「なんにも言わなくていいわ」 ルイズがそっけなくそう言い放ち、それきり、部屋に沈黙が満ちる。 「……おせわになったひとたちに、あいさつに行ってくるよ」 やがて根負けしたようにドラえもんがそう言って、部屋を出て行った。 ――バタン。 その扉が閉められた途端、ルイズは堪え切れずにベッドに身を投げ出し、泣き出した。 「これで、いいのよね、ちいねえさま。わたし、正しいことをしたんだもの」 つぶやいてみても、心は晴れない。 優しいカトレア姉さまのことを考えて、涙を止めようとしてもダメだった。 (わたし、昔ほどちいねえさまのこと、考えなくなってた。 それってきっと、わたしが一人ぼっちじゃなくなってたから。 いつのまにか、あの使い魔はわたしの心に空いた虚無を埋めていたんだわ) そんなことばかり考えてしまって、よけいに悲しくなる。 ルイズは一人、枕に顔をうずめて泣き続けた。 戻って来たドラえもんに、『使い魔の見送りなんてどうでもいい、わたしは授業に行く』 と意地を張ったため、ドラえもんは授業の終わった夕方に元の世界に戻ることにした。 そのくせ出発が夕方だと決まると、なんのかんのと理由をつけて授業をサボり、 ルイズは最後の何時間かをドラえもんと一緒に過ごした。 だが、それはドラえもんも同じで、もうとっくに帰り支度なんて終わっているはずなのに、 部屋の隅でグズグズと何か作業をしていた。 ――しかし、いつか幕は引かねばならない。 そして、それが長引けば長引くほど、別れのつらさは倍増するのだ。 ルイズは意を決し、往生際悪く作業を続けるドラえもんに呼びかけた。 「そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?! だったら早く、しなさいよね…!」 最後の方が鼻声になってしまったが、今のルイズとしては上等だろう。 それでもまだ動こうとしないドラえもんに、出来るだけ苛立ちを込めて、 「ドラえもんー!?」 と呼んだ。 さすがに無視出来ないと感じたのか、ようやくドラえもんが立ち上がる。 そしてそのまま、ルイズの至近距離まで近づいてきた。 「…なによ」 泣きはらした顔を見られたくなくて、ぷい、とルイズはそっぽを向く。 「その、きみにはせわになったなあ、と思って…」 「ほんとよ! すっごく感謝しなさいよね! 貴族のわたしが、あんたみたいなヘンテコを 養ってやったんだから、もっと感謝して、もっと……」 最後までいつも通りにと思うのに、やはりどうしても言葉が出てこない。 代わりに目から水があふれてくる。 ……かっこ悪い。 ルイズはごしごしと目元をこすった。 ドラえもんは、そんなルイズをからかうでもバカにするでもなく、優しく語りかけてくる。 「なあルイズ。そんなになくなよ」 「な、泣いてなんかないわよ! あんたなんかがいなくなったって、 何にも変わらない! だから、悲しくなんかないんだから、 さっさと行けばいいじゃないの!」 最後まで素直になれないルイズの肩に、ぽん、とドラえもん手が置かれた。 「四次元ポケットはここにおいていくよ。 これさえあればいつだってここにもどってこれるし、きみだって道具を使える」 驚いて、ルイズはドラえもんの顔を見る。 その顔は、どこまでも穏やかだった。 「で、でもこれ、あんたの大事なもの…」 「そんなものより友だちのほうがたいせつさ」 「とも…だち……」 その言葉に堪え切れず、ルイズの瞳からぶわっと涙があふれた。 貴族としてのプライドも、ご主人さまとしての体面も忘れ、体ごとぶつかるように、ドラえもんにしがみついた。 「……バカ、バカ! なんで行っちゃうのよ! ポケットなんていらない! 道具なんてどうでもいい! 友達なんだったら、一緒にいてよ!」 「ルイズ…」 いけないと思っても、溢れ出した言葉は止められなかった。 「わたしにもようやく、居場所ができたと思ったのに…! あんたと二人なら、ゼロだってバカにされてもがんばれるって、 そう、思ってたのに…!」 それからはもう言葉にならない。 ルイズは声をあげて泣き、ドラえもんも涙をこぼしながら、ひたすらルイズの頭をなで続けた。 「ルイズ、やっぱりぼくは…」 ドラえもんがとても困ったような顔で、口を開く。 ルイズはドラえもんが何を言おうとしているか悟って、首を振った。 「…やめて。さっきのは気の迷いよ。忘れて」 「でも…」 「ドラえもん。わたしに恥をかかせないで。……だって、わたしは決めたの。 自分の意志で、あんたを元の世界に帰すって。この選択は、誰にもくつがえさせはしない。 たとえあんたにだって、わたしにだって、ね」 「ルイズ…」 ドラえもんは一度口を開いて何かを言いかけ、しかしまた口を閉じると、 今まで見たことがないほど真剣な顔をして、一言一言を惜しむように、ゆっくりと口を開いた。 「ルイズ。きみはゼロなんかじゃない。 きみはぼくがしってる中でいちばんりっぱなきぞくで、ぼくのじまんの……ともだちだよ」 ――そして、とうとう別れの時が訪れる。 「ぼく、行くよ」 ドラえもんが、ポケットを外し、そこに足をかける。 「あっ……」 それを見てルイズは思わずドラえもんに手を伸ばしかけ、しかし何も出来ずに下ろした。 どれだけつらくても止めてはいけないのだ。 それが、自分の決断なのだから。 ……手は出せない。だからせめて、言葉をかける。 「も、もし、うまく帰れなかったら、ちゃんとここに戻ってきなさいよね! その時は……わ、わたしの家で、ちゃんと雇ってあげるから! だから…」 ルイズのその言葉を聞いた時、ドラえもんは微笑んだように見えた。 そうして、 「――さようなら、ルイズ」 その言葉を最後に、ドラえもんの姿はポケットの中に消えた。 「ドラ、えもん? ……いっちゃった、の?」 ルイズの言葉に答える者は、もう誰もいない。 後に残ったのは、小さなポケットだけだった。 ルイズはずっと、一晩中ポケットの前で待ち続けた このままあのヘンテコな使い魔と別れることになるなんて ルイズにはとても信じられなかったのだ 「だってあいつ、間が抜けてるんだもの。きっとすぐに戻ってくるに決まっているわ」 だからルイズは、使い魔からのその小さなプレゼントを胸に抱き 帰ってきたドラえもんにかける言葉を一生懸命に考えながら 「ふふ…」 ときどき、穏やかで優しい妄想にほおをほころばせる かけたい言葉はたくさんある。伝えたい想いも、また だけど、時間はいつだって有限で ルイズはいまだ決定的な言葉を見つけられないまま 時計は淡々とその時を刻む やがて空には曙光がさし、いつのまにか夜は明けて ドラえもんは結局、戻ってこなかった…… 「ん…。あさ…?」 ルイズが目を覚ました時、もう日は空に高く上がっていた。 「ドラえもん! あんたまたわたしを起こすの――!」 忘れたでしょ、と言いかけて、ルイズはようやく思い出す。 「そっか。いなくなったんだった。……あはは。これですっきりしたわ。 あんなナマイキな使い魔。こっちから願い下げだもの」 そんな言葉を口にして、なのになぜだろう。部屋の広さに、視界がにじんだ。 「あはは。わたし、ほんとに一人ぼっちになっちゃった……」 ふらふらとした足取りで、ドラえもんが寝ていた部屋の隅に向かう。 寝床にはあまりこだわりがないのか、そこに敷かれた藁の上で、 ドラえもんはいつも横になっていたのだった。 「こんなことなら、もうちょっとあったかい寝床、用意してやるんだった。……ん?」 そこでルイズは、ドラえもんの寝床に何か落ちているのに気づいた。 「なにかしら…」 ルイズがそれに手を触れると、いきなり空中にドラえもんの姿が浮かび上がった。 驚くルイズに、映像のドラえもんが語りかける。 『ルイズ。面とむかってはなすとてれくさいから、こうして手紙をのこすことにするよ』 その言葉を聞いて、ルイズは悟った。これは、たぶん未来の世界の手紙なのだろう。 帰る直前、ドラえもんはこっそりとルイズにこんな手紙を残していたのだ。 「あいつ、こそこそと何かやってると思ったら、こんなよけいな、こと…」 言っている間に、また涙が出てくる。グジ、とルイズは鼻をすすった。 『なあルイズ。きみはまったくわがままでへんてこなやつだったけど、その…… きみとすごした日々は、とても、たのしかったよ』 空に浮かび上がったドラえもんが、照れくさそうにそう言った。 「わたしも、よ。あんたこそヘンテコで、ご主人さまの言うこと、なんにも聞かなかったけど、 ……でも、わたしだって楽しかった。あんたがいるから、わたしは一人ぼっちじゃなかった」 この先何があっても、たとえもう二度と、ドラえもんと会えなくなったとしても、 自分はドラえもんと過ごした日々を忘れたりはしないと確信出来た。 『ぼくが、もし、もしのび太くんにあうまえにきみとであっていたら……』 そこで映像のドラえもんが鼻をすすりあげる。 「なによ、いまさら。そんなの、ずるいじゃない…」 現実のルイズもつられてグズ、と鼻をすする。 後ろを向いて涙をぬぐったドラえもんが、無理矢理な明るい声で告げる。 『ルイズ。ぼくはきみのためにポケットをのこしていくつもりだけど、 ひとつだけやくそくしてほしい。なれないひとに四次元空間はきけんなんだ。 ぜったいに、ぼくをおってポケットの中に入ったりしないとやくそくしてくれ』 その言葉にルイズはぐっと息を飲む。 いざとなれば、ドラえもんを追ってポケットの中に入ればいい、心のどこかでそう思っていたのだ。 だが、他ならぬドラえもんの言葉なら、守らないわけにはいかない。 「…わか、ったわ。始祖と紋章に誓って、ポケットには入らない」 聞こえていないと知っていながら、律儀に誓いの文句を口にする。 『この世界には戦争や怪物、魔法を使うおそろしいエルフまでがいるらしいじゃないか。 そんな世界で、魔法も使えないのにくそまじめでうそもつけないきみがやっていけるか、 ぼくはしんぱいだ。だからひとつだけ、道具をのこしておくよ。 すごい力をもった道具だから、ぼくが行ったあとで、どうしようもなくなったときにだしてくれ』 そう言って、ドラえもんは藁束の一番奥のふくらみをたたく。 『これはぼくじしん、まだいちども使ったことのないとっておきだけど、使いかたはかんたんで…』 だが、その言葉は他ならぬルイズの声でさえぎられた。 『そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?! だったら早く、しなさいよね…!』 その声の主は、今手紙を見ているルイズではない。過去のルイズが、ドラえもんをせかしているのだ。 その言葉に、ルイズは手紙の終わりが近いことを悟った。 なぜならこの後、ドラえもんはすぐに…… 『ゴメン、もう時間がないみたいだ。道具のせつめいは紙に書いてはりつけておいたから…』 せめて一言、とドラえもんは身を乗り出すようにして、最後の伝言を残し、 『ドラえもんー!?』 遠くからまた、ルイズの声が聞こえて、 『…それじゃあね、ルイズ。ぼくはぜったい、もどってくるから――』 ――ぷつん。 そこで、映像は途切れた。 映像が終わり、われに返ったルイズは、ぼんやりとした動きで敷き詰められた藁を見た。 そこには確かに、何かが隠されているようなふくらみがあった。 ――ごそ、ごそ。 見るからに緩慢な動きで、藁の奥に隠された何かを引き出す。 「……なに、これ?」 何かの装置なのだろうか、縦長で、何かのケースのようにも見える奇妙な物体が置いてあった。 そのまんなかの辺りには付箋のような物が貼ってあって、道具の説明らしきものが書かれているが、 「バカね。あんたの世界の言葉、わたしが読めるワケないじゃない…」 翻訳こんにゃくを使えばトリステインの文字だって書けるだろうに、 ドラえもんは焦って日本語で字を書いてしまっていたのだ。 涙に濡れたルイズの顔に、くすりと小さな笑みが戻る。 こんな時でもドジなドラえもんが、あまりにもドラえもんらしくて、笑ってしまう。 「でも、いいわ。あんたの気持ち、受け取ったから……」 これではこの道具の使い方は分からないが、元よりルイズはこの道具を、 いや、ポケットの中に入っている他の道具も含め、ドラえもんの道具を使う気はなかった。 自分の、自分だけの力で、胸を張って生きていく。 いつか、ドラえもんと笑って再会するため、それが必要なことに思えたのだ。 次に会った時、ドラえもんが自分の使い魔であることを誇れるような、そんな人間になりたい。 ――それが、ルイズの新しい目標だった。 「ドラえもん、あんたが帰ったら、部屋ががらんとしちゃったわ。 でも……すぐに慣れると思う。ううん、ぜったいにそうなる。なるように努力する。 だから、だから心配しないで」 ルイズは気丈に胸を張り、涙によごれた顔をあげ、過去のどんな約束よりも重い、誓約の言葉を紡ぐ。 「でも、その代わり、わたしがずっと、がんばれたら。 いつか、胸を張って笑えるようになった、その時には。 また、笑顔で…えがお、で……う、うぅ、ぐ、グス…ドラ、えもん」 しかしついには堪え切れず、誓いの言葉に嗚咽が混じった。 「ドラえもん! ドラえもん、ドラえもん、ドラえ…もん…」 どれだけ強がっても、幼い心に別れの痛手は重く、心の傷はまだジクジクと痛む。 それでも、ルイズはそれに必死で抗った。 耐えがたい胸の痛みがあふれる度、ドラえもんの残した道具を強く、強く抱き寄せる。 よぎる思い出の度にこみあげる涙の衝動に負けぬよう、一層強く、それを抱き締めるのだ。 朝の喧騒はまだ遠く、ルイズの前には密やかでちっぽけな、けれど過酷な戦いが待っている。 しかしそれでも、孤独ではない。 ルイズは別れた友の贈り物を抱え、静かに目を閉じる。 傷だらけの心を休ませて、また立ち上がるために。 ……そして その道具を大切そうに抱えたまま、ルイズが眠りに落ちてしまった後。 ――ひらり。 ルイズの腕の間から、道具に貼られた付箋が落ちる。 その、一行目。 そこにはドラえもんの字で、こう書かれていた。 『地球はかいばくだん』と。 第六話『さようなら、ドラえもん』 おわり 前ページドラえもん のび太のパラレル漂流記
https://w.atwiki.jp/ichiro-ruiz/pages/11.html
前ページ 第1部 次ページ 草原に、二つの人影があった。 「なるほど。つまり、僕はルイズさんに召喚されたんだね?」 野球のユニフォームを来た黒髪の精悍な男性が言った。 それを、制服を着た桃色の髪の少女が返す。 「だからそう言ってるでしょう? それに、あんたが持ってるのは杖じゃないの?」 「これかい? これは、杖じゃなくてバットだよ。僕の相棒さ」 イチローはそう言うと、木製のバットを軽く撫でた。 よく手入れされたアオダモ製のバットである。 そのバット一本で、彼は様々な伝説を打ち立ててきたのだ。 「ふーん。つまりあんたはただの平民ってわけね……」 ガックリと肩を落とすルイズ。 すでに他の生徒たちは召喚を終えて学院へと帰ってしまっていた。 せっかく一人残ってまで召喚を続けたのに、まさか平民が出てくるとは……。 だが、 「平民? それは違うな」 ルイズの言葉をイチローは即座に否定した。 「じゃあ、何だって言うのよ?」 「僕は──メジャーリーガーだ」 「めじゃありいがぁ? それは何?」 「そうか。ここが異世界っていうのなら、実演して見せた方が早いな」 そう言うや否や、イチローはバットを持って構えた。 それはかつて、振り子打法と呼ばれた構えの進化系であった。 構えとは、イチローにとって意識の切り替え。 構えた事により、イチローの雰囲気が変わっていく。 何かを見据えるかのように眼光は鋭く、体からはオーラが立ち昇っていた。 「あ、あんた、何をする気……」 「いいから黙って見ているんだ」 「何よ……」 イチローはルイズに注意すると、静かに集中する。 バットを握った右腕を伸ばし、左手を一度右肩に添える。 これは、イチローにとって打席に入る際の、ある種の神聖な儀式でもある。 ──そして。 「ハッ!」 気合一閃。 イチローの声と共に、バットが唸りを上げる。 究極のヘッドスピード。 バットを振り切った後に、何かが炸裂するような音がした。 ──音速突破。 そう、イチローのバットスイングが音の壁を超えたのである。 「キャアアアアアアアア!?」 ルイズは襲い掛かる暴風に、吹き飛ばされないようにするのが精一杯だった。 イチローがバットでスイングした瞬間、巨大な竜巻が発生したためだった。 竜巻は徐々に膨れ上がり、天には稲光が発生している。 このままでは、ハルケギニアが滅亡してしまうとルイズは思った。 「あ、あ、あんた!? あんたが責任取って何とかしなさいよ!? 「おっと。手加減したつもりがやりすぎてしまったな」 イチローはそう言うと、もう一度バットをスイングさせた。 唸りを上げるバットからは大気を切り裂く圧力が発生する。 その衝撃波により、一瞬で竜巻は霧散していった。 「これでよし。自然破壊はまずいからな」 イチローはそう言って笑った。 邪気のない、清清しい笑顔だった。 トリステイン魔法学院。 ルイズ達貴族の子弟が通い、魔法を学ぶ場所である。 「なるほど。つまり、ここは魔法使いの二軍キャンプのようなものか」 「あんたの言ってる意味は分からないけど、たぶん違うと思うわ……」 イチローは物珍しそうに辺りを見回していた。 学院とは言ったものの、中世の城のような外観である。 「まるでディズニーランドに来た気分だな」 「でぃずにーらんど?」 「いや、こっちの話さ」 イチローは大げさに肩をすくめる。 「で、今後僕は何をすればいいんだい?」 「そう言えば説明してなかったわね。使い魔として召喚されたら、まずは使い魔のルーンが……」 「ルーン?」 「あ……」 そして、そこで初めてルイズはイチローとまだ契約していない事に気が付いた。 「ちょっとイチロー。あんた屈みなさいよ」 「ん? 別に構わないが」 ルイズに言われ、身を屈めるイチロー。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」 ルイズは早口でそう唱えると、不意打ちのようにイチローに口付けた。 「君は僕に気があるのかい? やれやれ、過激なファンだな」 ルイズからキスをされたイチローだが、彼は慌てなかった。 スキンシップの激しいアメリカ暮らしの長い彼は、キスくらいでは動じないのだ。 「ファーストキスだったのに……。あ、そ、それよりも!?」 「どうしたんだい、急に慌てて?」 「あんた、使い魔のルーンが刻まれたのに、その、痛くないの?」 「痛み?」 イチローは何故か発光している己の左手の甲に目をやる。 「あぁ、そう言えば少し痛むかな。だが、普段のトレーニングに比べれば大した事はないさ」 イチローは、割と平気そうだった。 「んん? だが、これは……」 急にイチローの態度が変わった。 言葉は少し硬くなり、真剣な表情で己の手を見つめている。 その視線の先には、握られたバットがあった。 「そうか、そういう事か……」 「イチロー? どうしたの?」 「いや、何でもない。気にしないでくれ」 訝しげなルイズに、イチローは軽く答える。 イチローは一瞬で理解したのだ。 己に刻まれた契約のルーンとは、身体能力の底上げである事を。 そして、武器を持った者に対して効果を発揮するという事を。 「悪いが、少し封印させてもらうよ」 イチローは発光する左手の刻印に向けて、気合を込めた。 その瞬間、ルーンの輝きは徐々に薄くなっていく。 「ただでさえ力をセーブしているんだ。これ以上の力は、世界を滅ぼしかねないんでね」 「ちょっとイチロー! 今からとりあえず私の部屋に行くから早く来なさいよ!」 「はいはい、分かってるよ」 急かすように呼ぶ声に苦笑しながらも、イチローはルイズの後を追った。 石造りの階段を上り、塔の中へと入っていく。 一歩上る度に足音が辺りに反射する。 その音を聞きつつ、イチローは考えていた。 ──気に入らないな。 それは、軽い怒り。 イチローに刻まれた契約のルーンは、武器を持った者にその力を与えるもの。 それが、バットを持っているイチローに効果があったのだ。 つまりは、彼の持っているバットがこの世界では武器とみなされたという事。 「バットは武器じゃない。野球をするための道具だ」 誰にともなく呟いたイチローの声は、塔の闇の中へ紛れていった。 ルイズの部屋で、イチローは外を眺めていた。 日は沈み、時刻はすでに夜。 窓の外からは大きな月が見える。 それも、二つも。 「やれやれ。本当にここはファンタジーだな」 イチローは改めて現実を認識した。 さっきまではまだどこか疑っている部分もあったが、 さすがに二つの月を目の前で見せられては信じるしかなかった。 「イチロー聞いてるの? いい、使い魔には仕事があるの」 「仕事? 何だい?」 「まずは、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「ん? どういうことだ?」 「つまりは、使い魔が見たり聞いたりした事は、私も同じように感じるのよ」 「ほぅ。だが、僕には何も見えないな」 「あんたじゃ無理みたいね。私、何にも見えないもん……」 落ち込むルイズに、イチローは優しく声をかける。 「いいかい、ルイズ。今から君に僕の世界を見せてあげるよ」 イチローはそう言うと、静かに集中した。 己の気配を絶ち、その存在をルイズと、いや世界と同化させていく。 個は全。 全は個。 ──そして世界が、重なる。 「あぁッ!? み、見える!? 全てが見える!?」 ルイズの目には、この世の全ての真理が映し出されていた。 これが、イチローの世界。 見えるのは景色だけではない。 言葉通り全てが見えるのだ。 それは過去、未来、そして現在。 「あぁ、私にも時が見えるわ……!」 「しまった。やりすぎたか。解除させてもらうよ」 「あ……。また何も見えなくなった……」 「大きすぎる力は、身を滅ぼすだけさ」 残念そうに言うルイズに、イチローは目を細めて諭すのだった。 「ま、まぁいいわ。え、と……。その次は、秘薬。そう、秘薬よ!」 「秘薬?」 イチローが首を捻る。 「そうよ。特定の魔法を使うための触媒にするの。コケとか、硫黄とか……」 「うーん。悪いが、そういった物は僕にとっては専門外かな」 「イチローでも無理じゃ、仕方ないわね……」 「プロテインくらいなら用意できるんだが」 「そ、それは何なのかよく分からないけど遠慮するわ……」 「そうか、残念だな。いや、しかし物は試しだ。僕の特製プロテインを……」 「いや、その、また今度ね!?」 ルイズは話題を強引に切り上げる。 本当に物凄く残念そうに言うイチローに、ルイズは少し背筋が寒くなった。 この話題を続けてはいけない。 ルイズの第六感がそう囁いていた。 「これが、その一番なんだけど。使い魔は主人の身を守る必要があるの。まぁ、イチローなら余裕そうね」 「ははは。女の子一人守るくらい、メジャーリーガーである僕には簡単さ」 イチローは爽やかに笑った。 「まぁ、用心棒だと思えばいいわね。意味不明に強いし。……喋ってたら眠くなっちゃったわ」 ルイズはあくびをした。 「僕はどこで寝ればいいんだい?」 ルイズは床を指……差そうとして硬直した。 イチローは笑顔だが、目が笑っていなかったからだ。 「もう一度聞くよ。僕はどこで寝ればいいんだい?」 「あの、その……」 ルイズの顔から、滝のように汗が流れ落ちた。 ヤバい。このままではヤバい。 「と、特別に私のベッドの半分使わせてあげるッ!!」 半ば、やけくそのようにルイズは叫んだ。 「女の子と同じベッドか」 イチローは腕を組んでしばらく考え込んだ後、 「悪いが、年頃の女の子と一緒には眠れないな。僕は紳士なんでね」 そう言って、ニヤりと笑った。 「じゃ、じゃあどうすんのよ!?」 「隣の部屋は空き部屋のようだね」 「え? 確かにそうだけど、何で知ってるのよ?」 「僕はメジャーリーガーだよ? 感覚を研ぎ澄ませれば、人の気配があるかどうかくらい分かるさ」 イチローはそう言って、ルイズへと背を向ける。 「ちょ、ちょっとイチロー!? どこ行くのよ!?」 「僕は隣の部屋で休ませてもらうよ。また明日の朝に会おう」 それだけ言い残すと、イチローはルイズの部屋から出て行った。 木製のドアが閉まる音が、ルイズにはやけに大きく響いて聞こえた。 しばらく、ルイズは呆然と固まる。 一分、二分、三分。 そして再起動。 「イチローに下着とか洗うの頼むの忘れ……。やっぱり頼まなくてよかったわ」 洗濯は、明日学院のメイドにでも頼んでおこう。 ルイズは、溜め息を吐くとベッドへと横になった。 召喚で疲れていたせいか、瞼はすぐに重くなる。 「おやすみ、イチロー……」 呟いた言葉と共に、ルイズの意識は眠りの中へと沈んでいった。 こうして、イチローが召喚された一日目は無事に終わったのだった。 日は再び昇り、トリステイン魔法学院に朝が訪れる。 「うーん。ちょっと寝すぎたかな?」 イチローは軽いストレッチをしながら、意識を覚醒させていった。 朝とはいえ、日本時間にすれば未だ午前四時辺りだ。 だが、それでもイチローにとっては遅い時間だった。 「トレーニングをしないと、体が鈍るからな」 当初はランニングでもしようかと思ったが、まだこの辺りの地理には疎い。 ならば、室内でもできるトレーニングに切り替える。 イチローは部屋の壁に立て掛けておいたバットを手に取った。 「とりあえず、朝は軽く素振り八万本でもしておくか」 そう言ってイチローは、凄まじい速さで素振りを開始した。 一振りする度に轟音が発生し、衝撃で部屋が揺れる。 これでも手加減しているのだが、このままだと八万本前に部屋が崩壊しそうだった。 仕方なく、途中で素振りを中断する。 「……もう少し力を抜くか」 イチローは、本来の数千分の一程度の力で素振りを再開した。 ルイズは、後頭部に激しい衝撃を受けて目が覚めた。 「キャアアアア!? い、一体何!? 何が起こったの!?」 頭を押さえ、涙目で辺りを見回す。 「誰もいないじゃない……」 部屋には誰もいなかった。 もしや、寝惚けてベッドから落ちたのかと、そう思った時。 ルイズの部屋が大きな音と共に激しく揺れた。 「キャアアアアアアア!? ななな、何なのよ~ッ!?」 断続的に繰り返される轟音、そして振動。 まさか地震? いや、地震とは違う。 では一体……? 「悪い悪い。トレーニングに夢中になってルイズさんを起こしてしまったようだね」 ルイズの部屋の入り口から、照れくさそうにイチローが入ってきてそう言った。 「ああああ、あんたがさっきの音出してたの!? しかもトレーニング!?」 「手加減してたんだが、それでも部屋が揺れちゃってね。起こしてしまって悪かった」 「ど、どんなトレーニングしてんのよ……」 呆れるようにイチローを見つめるルイズ。 朝っぱらから、彼女の使い魔は規格外だった。 一旦イチローを部屋から出し、ルイズは着替えを終える。 もっと貧弱な使い魔であれば着替えを手伝わせていたかもしれないが、さすがにイチロー相手にそれを要求するのは不可能だった。 「お待たせ、イチロー。朝ごはん食べにいきましょう」 「食堂に行くんだったね。楽しみだ」 イチローとルイズが食堂を目指して歩き出したその時だった。 廊下に並んでいた部屋の一つのドアが開いて、そこから女の子が出てきた。 燃えるように赤い髪をした、スタイルのいい女の子だった。 彼女はルイズを見ると、ニヤっと笑った。 「おはよう、ルイズ」 「……おはよう、キュルケ」 嫌そうに返事を返すルイズに、イチローは二人の仲を何となく把握した。 「で、あなたの使い魔ってそれ? まさか平民?」 イチローを指差して、馬鹿にしたように言う。 「そうよ。でも、平民じゃないわ」 「何言ってるの? どう見てもその人は平民じゃないの」 不思議そうな顔のキュルケに、イチローが堂々とした態度で答えた。 「僕は、メジャーリーガーさ」 「めじゃありいがぁ? 何よそれ?」 「そうか。ここでは誰も野球を知らないんだったね。なら、実演を……」 イチローがバットを構えようとするのを、ルイズが慌てて止める。 「そ、それはまた今度ね!? 実演は今はいいから!!」 「そうか。ルイズさんがそう言うなら、今回は止めておこう」 残念そうなイチローと、ほっとしたようなルイズ。 キュルケは、何が何だかさっぱりと分からなかった。 「まぁいいわ。ところであたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で成功よ」 「あ、そう」 「使い魔なら、こういうのじゃないとねぇ~。おいで、フレイム!」 キュルケが勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。 その声に応えて、キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で大きなトカゲが現れた。 熱気が廊下に充満する。 ふと、フレイムと呼ばれた大トカゲの歩みが止まった。 「どうしたの、フレイム?」 キュルケが声をかけたその瞬間、フレイムの姿がかき消えた。 「フ、フレイム!?」 「こいつが使い魔なのか。確かに面白いな」 キュルケの背後には、いつの間にかイチローが立っていた。 そして片手でフレイムを無造作に持ち、興味深そうに眺めていたのだった。 「フ、フ、フ、フレイム!? いや、そうじゃなくて!?」 「落ち着きなさいよキュルケ。取り乱しすぎよ」 「ル、ルイズに言われなくても! そもそも、いつの間に、っていうか、あなた熱くないの!?」 混乱しているキュルケを他所に、ルイズは平然としていた。 イチローなら、この程度ならば可能だと分かっていたからだ。 「ん? そう言えば尻尾が燃えていて少し暖かいね。冬にはカイロ代わりにはなるかもね」 そう言って笑い、フレイムを床に下ろす。 慌てたようにフレイムがキュルケの元へと走り寄った。 「あ、あなた……」 キュルケは絶句した。 そして、イチローを見て思った。 平民の格好をしているが、彼は平民の枠には当てはまらない規格外の使い魔だ。 こいつは、絶対に人間じゃない。 仮に人間だとしても、人類の頂点に立つ存在であると。 「……取り乱して悪かったわね。ところで、あなたのお名前は何て言うのかしら?」 「僕かい? 僕の名前はイチロー。鈴木イチロー。メジャーリーガーさ」 「イチロー……。覚えておくわ。じゃあね、ルイズにイチロー」 マントをひるがえし、颯爽とキュルケは去っていった。 「いい気味ね。イチロー、私達も食堂に向かいましょう」 「あぁ、分かった」 二人はキュルケに続き、食堂へと向かった。 十分ほど歩き、一度中庭に出る。 そして学院の敷地内にある、一番背の高い真ん中の本塔へと入った。 この場所に食堂があるのだ。 食堂に着くと、すでに中は人で埋まっていた。 やたら長いテーブルに座り、百人近くの生徒達が食事をとっている。 見上げると、ロフトの中階では先生らしき年配の人間の姿もあった。 どうやらここでは、学院の者全てが食事をするようであった。 「大きな食堂なのはいいが、こう人が多くては落ち着かないな」 「そう言っても、来るのもちょっと遅かったしね……。あ、ここが私の席よ」 「そうか、それなら」 紳士らしくイチローが椅子を引き、ルイズはその場所へと座った。 そしてイチローも同じように、ルイズの隣に座ろうとした、その時。 「おい、何で平民が貴族の席に座ろうとしてるんだ?」 「ん? それは僕に言っているのかい?」 学院の生徒の一人が、イチローに声をかけた。 「ここには僕が座る」 そう言って、イチローが座ろうとしていた席に強引に割り込んだ。 「そこは僕の席なんだけど、どいてくれないかい?」 苦笑してイチローが言うが、その男子生徒は聞き入れない。 馬鹿にしたような目で、イチローを睨んでいるだけだ。 「やれやれ。マナーがなっていないな」 「お前は確か、ゼロのルイズが召喚した平民か。ここは僕が座るから、平民は床にでも這ってろよ」 「本当に、マナーがなってないな……」 イチローの雰囲気が変わった。 「あ、あんた、そこをどきなさい!」 ルイズが震えながら、闖入者の生徒へと指を向ける。 だが、体の震えは怒りから来たのではない。 もしイチローが暴れたらどうなるか。 この先の展開を予想しての、恐怖からのものだった。 「何で僕が命令されなきゃならないんだ? 文句があるなら、どこか別の場所で食べろよ。 何なら使い魔と一緒に床で食えばお似合いかもな」 下品に笑う男子生徒。 これには、さすがのルイズも怒りを覚えた。 「あ、あんたねぇ……」 ルイズが懐から杖を取り出そうとしたその時、イチローがルイズの肩を掴んで止めた。 「イ、イチロー? どうしたの?」 「ここは、僕に任せてもらおうか」 「イチローに任せるって、でも……」 「心配はいらない、軽くお仕置きするだけさ」 イチローは、ルイズにウインクをしてみせる。 どうやら本気で怒っているわけではないようだ。 これなら安心できそうだと、ルイズはイチローに任せてみることにした。 「分かったわ。でも、やりすぎないようにね」 「分かってるって」 イチローはルイズに答えると、バットを構えた。 「お、おい!? 何だその木の棒は!? まさか杖……じゃないな。木の棒持って魔法の真似事か? 頭の悪い平民だな!」 「お前、少し黙ってろ」 「なッ……!?」 一人大騒ぎする生徒に、イチローが低い声で言った。 イチローから発せられる異様な雰囲気に押され、生徒が沈黙する。 そして、イチローはゆっくりと振り子の構えを取った。 「ふッ!」 構えてから、わずか数秒。 呼吸と共に放つのは鋭いスイング。 暴風の巻き起こる、そのスイングの放たれた先は……。 「ぎゃああああああああッ!?」 男子生徒は、星になった。 「ぎゃああああああああああああああッ!?」 叫び声はドップラー効果を残す。 どこまでも飛んでいく。 イチローのスイングで男子生徒は空を飛んでいく。 そう、文字通り飛んで行っているのだ。 フライやレビテーションといった魔法では出せない、驚異的な加速。 名付けるならば、まさしく人間弾丸ライナー。 食堂の入り口へと向かい、ほぼ地面と平行に吹き飛んでいく。 その速さは秒速にして数百メートル。 いや、ハルケギニアの世界では数百メイルと言った方が正しいか。 食堂にいた者からは、何か旋風が横を通り過ぎたか程度しか感じないだろう。 それほどの勢いと速さであった。 「ああああああああああああああッ!?」 やがて食堂を抜け、男子生徒の体は学院の敷地内を飛び出し、森へと入る。 それでもまだ止まらず、ほどなくしてトリステインの国境を越えた。 この後、しばらく彼の姿を見た者は誰もいなかったという。 盗賊にさらわれただの、授業が嫌になって出て行っただの様々な噂が流れた。 真相は、イチローとルイズだけが知っている。 「しまった。ちょっとやりすぎたかな」 「あんたねぇ……」 食堂では、イチローとルイズがそんな会話をしていたとかしていなかったとか。 ちなみに彼は、数ヵ月後にガリアという隣国で奇跡的に保護されて戻ってきたらしい。 食事を終えたイチローとルイズ。 彼らは、魔法学院の教室へと向かっていた。 ルイズの受ける授業に、彼女の使い魔であるイチローも同席するためである。 教室に二人が入ると、中にいた生徒達が一斉に振り向いた。 そしてくすくすと笑い始める。 その様子にルイズは顔をしかめた。 笑っていないのは、キュルケだけのようだ。 いや、もう一人いる。 確か、名前はタバサとかいったか。 ルイズは不機嫌になったが、イチローの様子は違った。 「中々壮観だな!」 イチローは教室の中を見回していた。 そこには、様々な使い魔達がいた。 イチローのように、人間を使い魔とした者はいないようだった。 使い魔には小動物だけでなく、サラマンダーのようなファンタジーな生き物も多い。 中にはイチローの知らない生き物もたくさんいた。 「ルイズ、あれは何だい?」 「あれはスキュア。その隣はバグベアーよ」 「なるほど。こいつは珍しい光景だ!」 「そ、そう? 気にいってもらえてよかったわ」 子供のようにはしゃぐイチローを、ルイズは少しだけ微妙な顔で見ていた。 ある意味あんたの方が珍しいわよとは、口が裂けても言えなかった。 やがて教室の扉が開き、先生が入ってきた。 紫色のローブに身を包み、帽子を被ったふくよかな中年の女性だ。 「まるで魔法使いのような格好だな」 「だから魔法使いなんだって。あの人が私の先生よ」 先生は周りを見渡すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやってみなさんの使い魔に会えてとても嬉しいですわ」 大成功……なのだろうか? いや、確かに人知を超えた強さの使い魔だが……。 いやいや、しかし……。 ルイズが俯いて考えていると、 「おやおや、変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズがイチローを見かけてとぼけたように言うと、どっと教室が笑いに沸いた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからってその辺の平民捕まえてきたのか!?」 生徒の野次に、教室中の生徒が笑う。 普段のルイズなら、激怒して文句の一つでも言っていただろう。 でも今は、彼女にはイチローがいる。 ルイズは何も言い返そうとはしなかった。 脇に立っているイチローの顔を見上げてみる。 その目は、優しげにルイズを見つめていた。 言いたいやつには言わせておけと、イチローの目はそう語っていた。 「お友達にひどい事を言ってはいけませんよ。ミスタ・マリコルヌ」 シュヴルーズは最初に野次を飛ばした太めの男子生徒をたしなめると、教室中を見回す。 これ以上騒ぐのは許されないと分かった生徒達は、それで大人しくなった。 「では、授業を始めますよ」 シュヴルーズは、こほんと咳をすると杖を振った。 すると、机の上に石ころがいくつか現れた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。これからみなさんには一年、土系統の魔法を講義します。 魔法の四大系統とは『火』『水』『土』『風』ですね。これらに失われた系統である『虚無』を合わせ、全部で五つの系統があります」 すらすらと話すシュヴルーズ。 シュヴルーズの話を、イチローは熱心に聞いていた。 「ためになる話だな」 「なんでイチローの方が私よりも熱心に聞いてるのよ……」 「中々面白いぞ? もしかすると、僕にも魔法が使えるような気にもなってきた」 「いや、それはやめて。もし使えても、使わないで……。お願いだから」 「そうか? 少し頑張れば使えそうな気もするが、ルイズさんがそう言うならやめておこう」 ルイズがほっとしたのも束の間。 いつの間にか授業は実演まで進んでいた。 「では、ミス・ヴァリエール。次はあなたに『錬金』をやってもらいましょう」 「え!? わ、私ですか!?」 「そうです。そこにある石ころを、望む金属へと変えてごらんなさい」 ルイズは立ち上がらない。 困ったようにもじもじしているだけだ。 「どうした、ルイズさん?」 心配したイチローが声をかける。 「わ、私は……」 「ミス・ヴァリエール。どうかしましたか?」 シュヴルーズが問いかけると、ルイズの様子を見ていたキュルケが困った声で言った。 「先生」 「なんです」 「危険です。やめといた方がいいです」 きっぱりと言い切るキュルケに、むっとした顔でルイズが立ち上がる。 「いいわ、やってやろうじゃないの。やります、シュヴルーズ先生!」 「その意気です、ミス・ヴァリエール。あなたは大変努力家と聞いています。必ず成功しますよ」 微笑んで言うシュヴルーズとは対照的に、キュルケの顔は蒼白だった。 「キュルケがどう言おうと、私は必ず成功させて見せるわ!」 ルイズは、つかつかと教室の前まで歩いていった。 その後ろ姿を、イチローはじっと見つめていた。 隣に立ったルイズに、シュヴルーズは優しく微笑みかける。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い描くのです」 こくりとルイズが頷く。 そして、ルイズは杖を掲げた。 ──きっと成功する。 そう思い、どこまでも集中を続けるルイズ。 成功する。成功する。成功する。 自分に暗示をかけるように、成功を強く思い描く。 ルイズは顔を上げる。 そして声高にルーンを唱え、ルイズは掲げた杖を振り下ろした。 「……いけない!?」 とっさに異変を察知したイチローは、神速ともいえる速度でルイズの元へと向かった。 あまりの速さに残像が見えるほどであった。 ルイズによって『錬金』されて発光している机の上の石ころを掴むと、教室の窓の外へ向かって思い切り放り投げた。 石はまるでレーザービームのごとく空へと向かった。 風圧で教室の窓が何枚か割れる。 放たれた石の勢いは止まらない。 雲を突き抜け、成層圏を越えた辺りで、ようやく爆発した。 一般人には、空の彼方で一瞬何かが光ったようにしか見えないだろう。 だがイチローの目は、はっきりと石が爆発した瞬間を捕らえていた。 「これが、ルイズさんの魔法か……」 静まり返っている教室に、イチローの呟きだけが響いた。 「イチロー、あんた……」 「ん? あぁ、すまない。騒がせてしまったようだな」 唖然としているシュヴルーズとルイズにイチローは謝罪し、再びルイズの席へと戻ろうとする。 教室の後ろでは、キュルケが安堵しているのが見えた。 やはり、爆発するのが分かっていたのか。 イチローは、キュルケの様子を見てそう判断した。 そして、ルイズの脇を通り過ぎたその時。 「ルイズの使い魔の平民が授業を邪魔しやがった!」 「どうせ失敗するからって、平民に頼むとは卑怯だぞ、ルイズ!」 生徒達からの野次に、イチローの足が止まった。 教室中が、野次によってはやし立てられる。 イチローは動かない。 「イ、イチロー? 戻らないの……?」 「少し気が変わった」 「気が変わったって……」 「いいから、僕に任せておいてくれ」 イチローはルイズの頭を軽く撫でると、シュヴルーズの目の前までゆっくりと歩いていった。 「あ、あなたはミス・ヴァリエールの使い魔の方ですね。何かご用でしょうか?」 「シュヴルーズ先生でしたね? 僕が、ルイズの代わりに『錬金』してみせますよ」 「……は?」 シュヴルーズは、あんぐりと口を開けた。 「えーと、その、あなたは平民……ですわよね?」 「ん? 僕はメジャーリーガーだけど?」 「いや、ですから……」 「メジャーリーガーは選ばれた者ですよ」 「あの、ですから……」 ルイズが慌ててイチローの前までやってきた。 「ちょ、ちょっとイチロー!? 『錬金』するってどういうことよ!? あんた魔法は使え……ないと思うけど、まさか本当に魔法を!?」 「いや、僕は魔法は使わないよ」 「……え?」 ぽかん、とした表情でルイズが固まる。 「魔法は使わないって、それじゃ、どうやって『錬金』するのよ!?」 「まぁ、僕に任せておいてくれ」 イチローはルイズに微笑んだ。 机の上の石ころに向き直る。 ──どうせ『錬金』なんてできっこない。ただの平民のはったりだ。 教室中の誰もがそう思った。 唯一、ルイズだけを除いて。 「では、始めるよ」 イチローはおもむろに石ころを掴むと、目を閉じた。 ウェイティングサークルからバッターボックスへ向かう時のように、己を極限まで深く集中させていく。 どこまでも深く、深く……。 「イチロー……」 心配そうな声で、ルイズがイチローに呼びかける。 だが、極限まで高まった集中の中では、イチローの耳にその声は届かない。 イチローの目がカッと開いた。 「はぁッ!!」 気合と共に、力任せに石ころを握る。 瞬間的に、凄まじい熱と圧力が石へと加わった。 熱によって発生したと思われる煙が、指の隙間から立ち昇っている。 「これで、イチロー流の『錬金』は完成だ」 イチローはルイズに向かい、笑いながら手を開いた。 ──そこには、歪ながらも眩いばかりのダイヤの塊が存在していた。 「あ、ああッ!? ダ、ダ、ダ、ダイヤモンドォッ!?」 ルイズの驚愕する声に教室中がざわめきに包まれた。 シュヴルーズなど、何が起きているのか理解できずに石のように硬直している。 イチロー流の錬金。 それは、石に含まれる炭素成分を圧縮する事によって人工的にダイヤを作り出すというものだった。 結局、シュブルーズの授業は大騒ぎのまま終わった。 というよりも、シュブルーズが騒ぎ立てる生徒を静めるだけで精一杯だったのだ。 騒いでいなかった生徒は一人だけ。 教室の後ろから、タバサという生徒がイチローをじっと黙って見ていた。 イチローはその視線に気付いてはいたが、特に害はなさそうなので放っておいた。 ちなみにダイヤを狙って授業後にキュルケが声をかけてきたりもしたが、結局イチローはダイヤをルイズへとプレゼントした。 「僕からのプレゼントだよ」 「あ、ありがとう……」 貰って嬉しかったルイズだったが、ダイヤにはイチローによる大きな字でサインが書いてあったという。 この後教室は大騒ぎになり、授業どころではなくなったのは言うまでもない。 前ページ 第1部 次ページ .
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4220.html
前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しをさせてください!」 「駄目です。ミス・ヴァリエール。使い魔召喚の儀式は神聖なものです。それがどんな『もの』であろうと、呼び出してしまった以上は契約しなくてはなりません」 春の使い魔召喚の儀式。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン。ド・ラ・ヴァリエールは自身の召喚の結果を不服として、担当教諭のコルベールにやり直しを要求するが、コルベールはというと「伝統・神聖」の一点張りで取り付く島もない。 必死に食い下がるルイズとそれを諭すコルベールのやり取りに、呼び出したばかりの使い魔に夢中だったほかの生徒たちもにわかに注目しだした。 ルイズとコルベールを囲むように人だかりができ始めていた。 「なぁ、マリコルヌ。何の騒ぎだい? またゼロのルイズが何かやらかしたのか?」 ルイズたちを囲む輪の中にいたマリコルヌ・ド・グランプレに、級友のギーシュ・ド・グラモンが声をかける。 「あぁ、ギーシュ。傑作だ。さすがはゼロのルイズだぜ。実にふさわしい使い魔を召喚したもんだよ」 そういって笑い出すマリコルヌに、ギーシュは怪訝な顔であたりを見渡す。 「なぁ、マリコルヌ。そのゼロのルイズが呼び出した使い魔てのはどこにいるんだ?」 もう一度あたりを見渡してみるが、どこにもそれらしきものはいない。 「ひょっとして、何も呼び出せなかったから使い魔も『ゼロ』ってオチかい? それはちょっと引っ掛け問題としてもフェアじゃないと思うな。『召喚した』て言ったじゃないか」 「いやいや、ちゃんと呼び出してるんだよ。ギーシュ。あそこをよく見てみろよ」 笑いをこらえながらマリコルヌが指差す。 しかし、指し示された場所を見ても、草原の中にぽっかりと直径1メートルほどの円状に草の禿げた、むき出しになった地面があるだけだ。 草が禿げているのはルイズの爆発による影響だろう。 コルベールが禿げているのは何による影響だろう? 「なぁ、マリコルヌ。僕の目が悪くなったのかな? やっぱり何もいないように見えるんだが…」 「よく見てみろって、草の禿げた真ん中だよ。なんと言っても相手はあのゼロだからね。常識的な使い魔を探しても見つけられないさ」 「真ん中ねぇ…」 もう一度目を凝らして見る。 「真ん中には…石ころがあるな」「そうだね、ギーシュ」 もう一度見る。 「手のひらサイズってところだな」「そんなとこだな、ギーシュ」 さらに見る。 「板状だな」「板状さ、ギーシュ」 さらにもう一度見る。 「ほんのり半透明だな」「半透明さ、ギーシュ」 しつこく見る。 「ひょっとして、アレかい?」「アレさ! ギーシュ!」 二人は顔を見合わせると、 「ギャハハハハハハ!」 と馬鹿笑いした。 ギーシュとマリコルヌのやり取りを、ルイズは憮然とした表情で見ていた。 「ミスタ・コルベール。あの二人が私を侮辱しました。ちょっとレビテーションかけてもいいですか?」 完全に据わった目で言うルイズ。 「だ、駄目です! ミス・ヴァリエール。クラスメイトとは仲良くしなくてはいけません!」 「なら、先生があの二人をもやし祭りにして下さい」 「学院の教育方針として、体罰は禁じられてますので…」 「なら注意するなりなんなりして下さい!」 ルイズの剣幕に、コルベールは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてギーシュたちに注意に向かう。 「二人とも、貴族たるもの『ぎゃはは』などとはしたなく笑うものではありません!」 「そこかよ…」 注意を終えて帰ってくるコルベール。 ジト目で向かえるルイズ。 「先生。私、将来子供ができたら留学させようと思います…」 「それはいいですね。若いうちから見聞を広げるのはいいことです。私もいつか他の国で教鞭を振るって見たいものです」 「そうしてくださると留学させないで済むので助かります」 「さぁ! もう、いい加減覚悟を決めてブチュッとやっちゃいなさい! ミス・ヴァリエール!」 コルベールが会話は終わりだといわんばかりに高らかに言う。 ルイズもあきらめて、ぶつくさ言いながらも、召喚された石のそばに歩いていく。 「なによ! いつも新しい技術がどうとか、『火は破壊だけのものだなんて古い考えにとらわれてはいけない!』だとか言ってるくせに、 こういうときは伝統伝統って、きっと自分の中でそういった矛盾を抱えてるから、知らないうちにストレスになって禿げるのよ!」 「何か言いましたか…ミス・ヴァリエール…」 「何も言ってませんっ!!」 ルイズは大きくため息をつくと、自分の足元にある『それ』を見る。 手のひらサイズで板状の、少し透明な石ころ。 悔しいがギーシュやマリコルヌの言う通りではある。 せめて土にまみれていたりすれば、爆発のせいで地中の石がむき出しになっただけだとか主張して、もう一度召喚させてもらうという策もあるのだが…。 綺麗な円形に禿げた草原。爆発で抉れた地面の中心にポツリと置かれた石ころ。 さすがにこれを地面から出てきたものだと主張するのは無理があるか…。 「はぁ~~~~…」 もう一度、露骨に大きくため息をつく。 そして、しゃがみ込んで石を見る。 どこからどう見ても石だ。 「ミスタ・コルベール! 石です!」 「見ればわかります」 「石と契約するなんて聞いたことがありません! それに石には意思がないからこの石にはそもそも私と契約する意思があるとは言えない訳で、契約する意思のないものに無理やり契約をさせるのは非道と思います!」 「確かに石と契約するなんて聞いたこともありませんが、そもそも石を召喚するなんてことも聞いたことありません。とにかく使い魔は、サモンサーヴァントによって召喚されたものと契約すると決まっています。石を召喚してしまった以上、石と契約するしかないでしょう。 それに、石に意志がないなんてどうして言えるのです? 意志を表現する手段がないだけで意思はあるかもしれませんよ?そして、サモン・サーヴァントに応じた時点で使い魔になる意志はある、と私は考えます。 そうでないと、ドラゴンのような本来凶暴な生物が、いきなり呼び出されてコントラクト・サーヴァントに素直に応じるはずがありませんからね」 ルイズのよくわからない理屈は、コルベールのわかるようなわからないような屁理屈によって潰されてしまった。 (考えろ…考えるのよ…ルイズ! 姫様と遊んでいたときに、厨房にあったイチゴを二人で全部食べて従者を怒らせてしまったときも、逆切れと誤魔化しで何とかしたじゃない!) ルイズは最後の足掻きをしようと知恵をめぐらすが、 「まぁ、あなたにも言いたい事はいろいろあるでしょうが、一つだけ理解していただきたい。私があなたにその石との契約を勧めるのはあなたのためを思ってのことということです。 召喚が失敗してしまったのなら召喚のやり直しはできますが、召喚してしまった以上再度召喚することは認められません。それを踏まえたうえで契約しないと言うのであれば、今回の召喚の儀は失敗とせざるを得ません。 召喚の儀が失敗となれば進級を認めるわけにもいきません。石ころを召喚してしまった時点で失敗・留年としてしまうこともできますが、それはしません。つまり、あなたに契約か留年かの選択の余地を差し上げようと私は言っているのですよ」 それはコルベールの言葉によって結実することなく霧散してしまった。 (留年…そんなことになったら…) ルイズはもし自分が留年ということになった場合、家族たちがどう反応するかを考えてみる。 まず浮かんだのは、長姉であるエレオノールの神経質そうな顔だった。 ルイズの留年を知らされたエレオノールは、 「使い魔と契約できないし、魔法もろくに使えるようにならないで留年。そういうことでいいわね、チビルイズ」 と言って、ルイズの頬を抓るだろう。 「ご、ごめんなひゃい。お姉ひゃま」 いつものようにルイズが謝ると、エレオノールは言うだろう。 「何を謝っているのかしら? このおチビ」 「え、あの…魔法が…学院を…その…」 「何度言えばわかるのかしら? 貴族は魔法をもってその精神とするのよ。それで、チビルイズは謝れば立派な貴族になれるのかしら?」 「えと、あの…その」 ルイズはそう言われて情けなく口ごもるだけしかできない自分がありありと想像できていやになってくる。 「過ぎたことはもういいわ。ねぇ、あなたはどうすれば立派な貴族になれるのかを聞きたいの。来年の春には使い魔と契約できるのかしら? もう一年学院に通えば進歩するのかしら? そもそもチビルイズは一年間学院にいてどれだけ成長できたのかしら?」 この後もネチネチとエレオノールの説教は続くだろう。途中「学院に一年長くとどまると言うことは、結婚が一年遅れると言うことでもあるのよ」などと自分で言っておいて、 「誰が嫁き遅れよ!」なんて言ってルイズにあたるのだろう。 いやだ、いや過ぎる…。 そもそも留年と言うことになって一番落ち込んでるのはルイズなのだ。 そんなときはやさしく慰めてもらいたい。 「やさしく」と言うことで次に思いついたのが、次姉のカトレアの顔だった。 (ちい姉さまならやさしく慰めてくれるに違いないわ) でも駄目だと、ルイズは頭の中で打ち消す。やさしさと言うのは時に厳しさよりも残酷なことがあるのだ。 きっとカトレアはルイズの頭を胸に抱き寄せて優しく慰めてくれるだろう。そしてこう言うに違いない。 「ねぇルイズ。貴族にとって魔法がすべてと言うわけじゃないわ。私だって家の中に閉じこもってばかりで魔法なんてほとんど使う機会がないわ。 でも動物たちもいるし、毎日とても楽しいの。ルイズもお家にいてくれたらもっと楽しくなると思うわ。 お家でも魔法の練習はできるし、ふとした拍子に突然使えるようになるかもしれないわよ」 あぁ、想像出来てしまう。 きっとカトレアは純粋なやさしさから、何の嫌味もなく、本心でルイズを慰めてくれるのだろう。 魔法の使えないルイズを受け入れてくれるだろう。 だがそのやさしさを受け入れることは、魔法を使えない自分を受け入れてしまうことと同義なのだ。 それは駄目だ。エレオノールの説教よりもある意味でダメージは大きい。 (それならお父様は?) 父親も厳格な人物できっとルイズをきっときつく叱るだろう。 だが妻には頭が上がらなかったりと、少し甘い部分もあるのだ。きっと一通り叱った後こう言うだろう。 「まぁ、留年は残念だが、頑張った結果だろう。駄目だったならまた一年頑張ってみればいいさ」 と、最後にはニコニコ笑ってルイズの頭の上に大きな手を乗せ慰めてくれる、ような気がする。 そして笑いながらこう言うだろう。 「しかし、卒業がいつになるかわからないからな。今のうちから縁談を進めておかないとエレオノールのように…ゲフンゲフン。どうもワルド子爵も軍務で忙しいようだし、 スーシェ男爵もなかなか悪くない男だと思うが、会ってみるだけどうだ?」 そこからはなし崩し的に次々と縁談を持ち込んできて、いつの間にやら結婚している自分が想像できる。 二十七になっていまだに結婚していないエレオノールのこともあり、その手の話には過敏なのだ。 駄目だ。ダメージは少ないだろうがとても納得できるものではない。 ルイズの妄想はついに最悪の結末にたどり着く。 母親が、烈風のカリンがじきじきに説教するのだ。 その時母は、なぜか甲冑に身を包み、マンティコアにまたがっている。 そして巨大な竜巻を作りながら言い放つのだ。 「ルイズ。構えなさい」 駄目だ! 駄目だ! もう説教ですらない。 「ミス・ヴァリエール? いい加減現実に戻ってください」 コルベールの声にルイズはハッと我に返る。 「先生! 私契約します! させて下さい!」 ルイズには、家族に留年を報告するということよりも最悪の事態というものが存在しないように思えていた。 (もうこの際、石でいいじゃない! 石ってことは土系統よ! 系統もわかってこれで晴れてゼロ脱出に違いないわ!) ネガティブも行き着くところまで行けば、逆にどんな些細なことでもポジティブになれるらしい。 「よい返事です。では、早いとこ契約してください」 コルベールに促され、ルイズは再びしゃがみ込み、石を拾い上げようとする。 「えっ…」 ルイズの指が石に触れた瞬間――ルイズの目の前に突然一人の少年が現れた。少年はしゃがみ込み地面に目を向けている。 (何を見てるのかしら? じゃなくて! なに? どこから出てきたの?) 突然現れた少年に驚き、思わずあたりを見渡すルイズだが、そこで異変がこの少年だけでないことに気付く。 ルイズの目に映るのは魔法学院の演習場ではなかった。見たことのない町並みがルイズの目の前にひろがっていたのだ。 ここはどこなのか。そしてなぜ自分はここにいるのかという驚きが沸いてくるが、その驚きを感じる前に更なる驚きがルイズを襲う。 ルイズはそこにいなかった。 どことも知れぬ町並みを見ているし、音も聞こえる。どこかから空腹を誘うようなにおいも感じる。 だが、ルイズの体はそこにはなく、まるで感覚だけがその場の空気に溶け込んでいるかのようだった。 「なっ? えっ!?」 ルイズは驚いて、思わず石から手を離してしまう。 すると、目の前に広がる景色は魔法学院の演習場に戻っていた。 先程まで見ていた景色はかけらもない。 「ミスタ・コルベール! この石、なんか変です!」 「そうですか。ただの石じゃなくてよかったですね。では、授業時間も無限ではありませんので早くコントラクト・サーヴァントをして下さい」 ルイズが、今体験したことをコルベールに説明しようとするが、コルベールはまたルイズがなんとかサモン・サーヴァントのやり直しをしようとあがいているのだと判断し、まるで取り合わない。 仕方なくルイズはもう一度石に触れてみる。 すると、やはりルイズの五感はどこか知らない場所に飛ばされる。 それは予想されていたことなので、先程のような驚きはない。思わず石から手を離してしまうこともない。 ルイズは、今度は注意深く辺りを見回してみる。 やはりまるで見たことのない景色。なぜか馬がついてない馬車が走っていたりと、ルイズの理解の及ばないような物もある。 そしてルイズが空を見上げると、今まで見たどんなものよりもルイズの常識と相容れないものがそこにあった。 そこには一つの月が燦然と輝いていた。 (な、な、なんで月が一つしかないのよ~っ!?) ルイズの、ハルケギニアの常識では月は二つあるのが当たり前であり、二つの月が重なるスヴェルの月夜でも小さい月の方が前に出るので、完全に一つしか月が見えないなんてことはありえない。 (一体、ここはどこなの? そもそもあの石は何なのよ!?) ルイズがそう思った瞬間だった。 突然、目の前の景色が変わる。石を離したときのように、魔法学院に戻ったわけではない。ルイズの知らない、また別の景色が展開される。 次から次へと景色が、場面が変わっていく。 場面が移り変わるごとに、少しずつ情報が蓄積されていく。 先程ルイズが抱いた疑問。その答えを探すかのように、その答えにかかわる場面を次々と体験していく。 「…エール!? ミス・ヴァリエール!? どうしたのです!?」 ルイズが石から手を離すと、目の前には心配そうにルイズの顔を覗き込むコルベールがいた。 「………大丈夫です。契約します」 ルイズは心ここにあらずといった様子でつぶやくとハンカチを取り出し、ハンカチ越しに石を持った。 ルイズは、目の前の石が一体何なのかすでに理解していた。これと契約することがどういう結果をもたらすのかはまるでわからないが、普通の平凡な使い魔と契約するよりは良いかもしれないと思い始めていた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ…」 呟く様に呪文を唱えると、ルイズはそっと石に口づけをする。 コルベールとルイズ以外の生徒たちが、フライの魔法を使い校舎へと戻っていく。 フライの魔法だけでなく、すべての魔法が使えないルイズには、ゆっくりと己の足で歩いていくしかない。 ルイズは立ち止まると、ハンカチに包まれた石を改めて見る。 それはルイズたちが住む世界とは別の世界で『本』と呼ばれる物。人が死に、その魂が地中で化石化したものである。 『本』に触れると、その魂の持ち主の人生のすべてを読み取り、追体験することができる。 ルイズが『本』に触れることで見た景色は、人が死ねば『本』になるのが当たり前の世界に生きた、ある男の人生だった。 ルイズの指が『本』に軽く触れる。そしてすぐ離す。 この『本』の魂の持ち主。その姿を確認しただけだ。 「…よろしくね。モッカニア」 その『本』に記された魂の持ち主。その名をモッカニア=フルールという。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4358.html
前ページ次ページZERO A EVIL お腹いっぱいに朝食を食べて満足したルイズは、使い魔の様子を見に行くことにした。 召喚場所に行ってみると、昨日と同じ場所に石像の姿が見える。 ひょっとしたら、あの変な夢はこの石像と何か関係があるかもしれないとルイズは考えていたが、石像には何の変化もない。 昨日契約のキスをした時、一瞬石像の目が光ったように見えたが、やはり気のせいだったらしい。 ルイズはしばらく石像を眺めていたが、もうすぐ授業も始まるので教室に向かうことにした。 教室に入ると多くの生徒が使い魔と一緒に授業が始まるのを待っていた。 その中にはキュルケとフレイムの姿も見える。 すると、フレイムがこっちを不思議そうな表情で見てくる。 どうやら、もうルイズを怖がってはいないようだ。 席に着こうとすると何人かの生徒が自分を見て笑っているのが目に入った。 いつもの事だと思い、無言で席に着くルイズ。 そんな中、一人の生徒がルイズに対し、侮辱の言葉を投げかける。 「ゼロのルイズ! 使い魔を召喚できないから、土のメイジにゴーレムを作ってもらえるように頼んでたんだろう!」 この小太りの生徒の名はマリコルヌ・ド・グランドプレ。いつもルイズを馬鹿にする生徒の筆頭だった。 頭にきたルイズは思わず立ち上がり言い返してしまう。 「違うわ! 間違いなく私が召喚したのよ!」 「嘘付け! ゼロのルイズに使い魔が召喚できるわけないじゃないか!」 また、あの言葉だ。 ルイズを馬鹿にする生徒が必ず口にする言葉。 『ゼロのルイズ』 その言葉を聞いた瞬間、マリコルヌに対する怒りと憎しみが膨れ上がり、爆発しそうになるルイズ。 だが、丁度そこに教師のシュヴルーズが現れたため、ルイズは黙って座ることしかできなかった。 今日の授業は、魔法の基礎のおさらいをするらしい。 だが、シュヴルーズが授業で話している内容は、ルイズにとっては何の意味もなかった。 魔法の基礎は、すでに一年生の時に必死になって頭に叩き込んであったからだ。 その努力の成果は使い魔を召喚することができたのみだったが…… 授業は何の問題もなく進んでいき、どうやら錬金の魔法の復習に入ったようだ。 「それでは、どなたかに錬金の魔法をやっていただきたいんですが。……ではミス・ヴァリエール、お願いします」 シュヴルーズがルイズを指名したことに生徒達は猛反発する。 「ミセス・シュヴルーズ!それは危険です!」 「ルイズなんかにやらせたら大変な事になりますよ!」 「そうです! ルイズはゼロなんですよ!」 生徒達は反対するが、シュヴルーズは指名を変更する気はなかった。 学院長から出来るだけルイズの手助けをするように言われているし、ルイズが勤勉な学生なのも知っていた。 昨日、使い魔の召喚に成功していることだし、自分の授業で何かきっかけでも掴んでくれればとシュヴルーズは考えていた。 「お友達のことをゼロなどと言ってはいけませんよ。さ、ミス・ヴァリエール、やってみてください」 生徒達は観念したのか、一斉に机の下に隠れ始めた。中には教室から出て行く生徒もいる。 そんな光景を尻目にルイズは教壇に向かう。 自分は使い魔を召喚できた、ということは魔法を使えたということだ。 この錬金の魔法も成功するのではないかという期待がルイズにはあった。 それに夢の中の自分は、最後に敗れはしたが圧倒的な力を持っていた。 自分にだって何か特別な力があっても不思議じゃない。 そんなことを考えながらルイズは教壇の前に立った。 「ゼロのルイズ! どうせ爆発するだけなんだから、やるだけ無駄だよ!」 が、まだルイズに対して文句を言っている生徒がいる。 マリコルヌだ。 やる気になっている自分の邪魔をするマリコルヌに、ルイズは再び怒りと憎しみの感情を抱く。 その時、今朝と同じように左手のルーンが僅かな光を発する。 | こいつはいつも私の邪魔ばかりする!教室に入った時も私を侮辱した!私が魔法を使えないからって、あんたに文句を言われる筋合いはないわ!なんでこんな奴が神聖な魔法学院にいるのよ!ここは魔法だけじゃなくて、貴族としての礼儀や作法を学んで立派な貴族になるための場所でしょ。こいつの行為は、この魔法学院の使命に反しているわ。そうよ……こいつは魔法学院の調和を乱し、私の行動を妨げる…………チョウワヲ ミダスニンゲンハ_ ……ショウキョ シナケレバナラナイ_ ルイズは杖を振り上げた。 …………………… ルイズは一人で教室を掃除していた。魔法を失敗し、教室を爆発させたからである。 だが、教壇の辺りは爆発によって壊れた形跡はない。 その代わり、ある場所が爆発により粉々に吹き飛んでいた。 そこはマリコルヌが座っていた席だった。 ルイズは教壇の上の石ころに錬金の魔法をかけるつもりだったが、気が付くとマリコルヌの座っていた席が爆発していた。 爆風で吹き飛ばされたマリコルヌは重傷を負い、医務室に運ばれていった。 その後、ルイズはシュヴルーズに叱られ、一人で教室の掃除をする罰を受けた。 シュヴルーズが怒ったのはルイズが教室を爆発させたからではない。 ルイズがマリコルヌに向けて、小さな声でサイレントと呟くのが聞こえたからだ。 確かにマリコルヌに苛立ちを感じ、我を忘れそうになっていた。 だが、ルイズにはサイレントの魔法を使おうとした覚えはない。 自分は錬金の魔法を使ったはずだと説明したが、聞き入れられることはなかった。 一向に片付かない教室を見て途方に暮れていた時、通りがかった一人のメイドが声をかけてきた。 「大丈夫ですか? ミス・ヴァリエール」 「あんたは?」 「私はシエスタと申します。良かったら私にも掃除を手伝わせてください」 そう言うとシエスタは教室の掃除を始めた。 命令したわけでもないのに、なぜこのメイドが自分を助けてくれるのかわからなかったが、一人より二人の方が掃除も早く終わる。 そう考えて、特に気にしないことにした。 ルイズは学院で働く平民達から良く思われていない。 なにしろルイズは、自分達と同じように魔法が使えないのに貴族を名乗っているのだ。 平民から妬ましいと思われても仕方がなかった。 貴族に対する不満の捌け口として、陰でルイズの悪口を言う者も少なくない。 魔法が使えないルイズには、自分達が悪口を言っているのを気付かれる心配はないのだから。 だが、シエスタは違った。 彼女はルイズが他の生徒達から馬鹿にされながらも、めげずに努力していたのを知っていたからだ。 ある日の夜、シエスタは妙に目が冴えてしまい眠れなかった。 だから気晴らしに外を少し歩く事にした。 外に出てみると、辺りは静かなもので、多くの生徒達で賑わう昼間とは別世界のように思える。 しばらく歩いていると、学院から離れた所で音がしているのに気が付いた。 不思議に思い音がする方に向かうと、そこには一人の生徒がいた。 シエスタはその生徒と面識はなかったが、生徒が誰なのかは知っていた。 桃色がかったブロンドという特徴的な髪を持ち、同年代の生徒と比べて小柄で細身の体型。 そして、公爵家の三女という立派な肩書きを持った少女。 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールだ。 シエスタは休憩時間に仕事仲間のメイド達としていた会話を思い出していた。 「今日昼食の時に一人の生徒に文句言われちゃってさー」 「どんなことを言われたんですか?」 「それがね。料理の味付けが濃すぎるとか言われたのよ」 「だからマルトーさんご機嫌斜めだったんですね」 シエスタは昼食後にコック長のマルトーの機嫌が悪かったのを思い出す。 「マルトーさんが怒るのも無理ないよ。これで何回目だろ?」 「貴族様はわがままばっかりで困るよね。礼儀作法にもうるさいし」 「そうそう。私もこの間、デザートのケーキを置く場所が悪いとか文句を言われたよ。お皿の真ん中からちょっとずれただけなのに……」 その話を聞いていた他のメイド達も口々に生徒達への不満を漏らす。 「いくら魔法が使えて偉いからって、限度があるわよね」 「そういえば、貴族なのに魔法が使えない生徒がいなかったっけ?」 「いるいる!態度だけは立派なピンク頭の幼児体型が!」 「そんなことを言ってるのが貴族の方にばれたら大変ですよ!」 平民は貴族には絶対勝てない。 悪口を言っているのがばれたら、貴族にどんな目に遭わされるか考えるだけでも恐ろしかった。 「へーきへーき。魔法が使えなきゃ、私達が何言ってるかなんてわかりゃしないって」 「それに他の生徒達からも馬鹿にされてるみたいだし、友達とかいなそうだよね」 「私、ゼロのルイズとか言われてるの聞いた事ある」 「そういや、ちょっと前まで夜が騒がしかったじゃない。あれ、ゼロが魔法を使おうとして失敗してたらしいよ」 「でも良いわよねー。魔法が使えないゼロでも貴族の暮らしができるんだもん」 他のメイド達はルイズの悪口を言う事によって、貴族への不満を解消しているようだった。 ルイズの事をよく知らなかったシエスタは悪口には参加せず、みんなが話しているのを聞いているだけだった。 やがて休憩時間も終わり、メイド達は仕事に戻る。 ルイズに対し好き放題言えたお蔭なのか、みんな妙にすっきりしているようにシエスタには見えた。 そんな事を思い出しながら、しばらく遠くから眺めていると、急にルイズのいる辺りで爆発が起こった。 驚いたシエスタはルイズに駆け寄ろうとしたが、よく見ると地面が爆発しただけでルイズに怪我はないようだった。 そういえば休憩時間に、ルイズが夜に魔法を使おうとして失敗していたと聞いていたのを思い出す。 その後もルイズは何度も失敗し、爆発を起こしていたが、一向に諦める気配は無い。 そんなルイズの姿を見ながら、シエスタの脳裏にある考えが思い浮かぶ。 ルイズはこうやって夜遅くまで、魔法が使えるようになるため練習していたのだ。 それもみんなに迷惑をかけない様に、わざわざ学院から離れた場所で。 (この方は、あれだけみんなに馬鹿にされながらもめげずに頑張ってるんだわ) そう考えると、ルイズに対して好意的な感情が沸いてくる。 自分が見ている事でルイズの邪魔になっては悪いと思い、シエスタは学院に戻ることにした。 もしルイズが困っている事があれば、出来る限り手助けをしようと思いながら…… 夜空には、二人の少女を優しく照らす様に二つの月が輝いていた。 前ページ次ページZERO A EVIL
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4354.html
前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 力が欲しい。 ルイズの16年の人生。それは自身の無力を見せ付けられながら生きる16年。 親からはじめて杖を与えられたとき、これから自分が手に入れるであろう力に胸を膨らませた。 ルイズは日夜魔法の練習に明け暮れた。貴族として生まれたからには、どんな子供も己が魔法を使う姿を夢想して育つものだ。 だがルイズの夢想は現実のものになることはなかった。 はじめは、ただ純粋に子供の夢を現実にするため練習し続けた。 両親や二人の姉の応援・叱咤・激励・指導。そのころは素直に聞くことができた。 だがある時、ルイズは使用人たちが陰で何を話しているのかを知ってしまった。 曰く、二人の姉はルイズぐらいの年頃にはコモンどころかドットのスペルも使えるようになっていた。曰く、どこぞの貴族の子供はルイズより年下だが初めての魔法に成功したらしい。 膨らませた胸が、萎んでしまった。 両親や二人の姉の言葉の影に焦りが見える。(いつになったらこの子は魔法を使えるようになるんだ?) そして落胆。(この子には魔法の才能が与えられなかったのね) 以前のように家族の言葉を素直に聞くことができなくなってしまった。 そんな自分を嫌悪しながらも必死で魔法の練習をした。魔法が使えるようにさえなればこの暗い気持ちを取り除くことができる。 そう信じて魔法の練習に明け暮れる日々が続いた。 だがある時、ルイズの耳にまた使用人の言葉が入ってきた。 「可哀想に。姉二人はあんなに優秀なのに……」 その言葉はルイズの胸を抉った。 ルイズは自分が使用人に哀れまれるような存在だったのだと知った。 平民から哀れまれる存在だと知った。 それはルイズの知る貴族の姿ではなかった。 平民に哀れまれる貴族なんてものは、すでに貴族の範疇から逸脱しているのではないか? 貴族として生まれたはずなのに平民に哀れまれるルイズ。 本当に自分は貴族なのか。 本当に自分は誇り高きヴァリエールの一員なのか。 幼いころの、ただ魔法を使ってみたいという無邪気な気持ちは消えてしまった。 ルイズは貴族になるために杖を振るうようになった。 誰からも哀れまれないような力を手に入れるために杖を振るうようになった。 どこかにいるはずの、本当のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを見つけるために杖を振るうようになった。 ルイズの胸は萎んだまま、魔法学院の一年間が過ぎた。 今、ルイズの目の前に大きく膨らんだ胸がある。 その胸の持ち主のメイドは恭しく一礼すると、ルイズの前に置かれたティーカップに紅茶を注いでいく。 その間もルイズの視線はその胸に注がれている。 一度目を向けてしまったら簡単に目を離すことはできない。 キュルケのようにことさらに胸を強調しているわけではない。むしろ窮屈なメイド服にその胸は押しつぶされているようだ。捨て目の利かぬものならば見過ごしてしまうところだろう。 だからこそ、一度目についてしまえば目が離せない。 もしこの胸が戒めを解かれたなら……。それはキュルケにも匹敵する力を持っているかもしれない。 メイドは紅茶を淹れ終ると、また一礼しその場を立ち去ろうとした。 その背中にルイズが声をかける。 「あなた……なかなかやるわね。名前を聞いておこうかしら」 メイドはルイズの言葉に少し小首をかしげながらも、 「シエスタと申します」 と名乗った。 「そう。ならシエスタ。あなたにお願いしたいことがあるんだけど、私、ちょっと色々あってお昼食べてないのよ。何か軽い食事になるようなもの持ってきてくれない? なければケーキとかでもいいわ」 ルイズが言うと、シエスタは「かしこまりました」と小さく一礼し、厨房のほうへと消えていった。 シエスタの姿が消えると、ルイズは空腹に紅茶を流し込み一つ小さくため息をつく。 結局ルイズが片付けを終えたのは昼休みも終わり、次の授業も半ばまで過ぎてしまった頃だった。 ルイズは、授業時間も半ばまで過ぎていることや、その授業が屋外での演習授業のため移動に時間がかかること、お腹が空いていること、とてもお腹が空いていること、お腹が空いて倒れそうなことなどを理由に授業には出ず食堂で食事をとることにしたのだ。 ルイズは暖かい紅茶を空腹に流し込むことで、とりあえず一息入れる。 (さて……) ルイズには今考えなくてはならないことがある。 迅速に答えを出さなければいけない問題。 ルイズが手に入れた力が異端かどうか。 魔法権利が異端か否か。 少し考えればすぐ結論が出る。 (どう考えても異端です。本当にありがとうございました) 系統魔法ではない魔法。ハルケギニアの人間がそう聞いたとき真っ先に思い浮かぶのは先住魔法だろう。エルフや吸血鬼など多くの亜人が使う魔法。 エルフも吸血鬼も人類の敵である。 先住魔法と誤解された場合。下手すればエルフの尖兵扱いされかねない。 それどころか魔法権利は、先住魔法と誤解されなくても明らかに異端だ。 ブリミルが作り上げたものではない魔法体系。 世界の公理を曲げるその力。人間が世界の公理に手を加えることができるのは『始まりと終わりの管理者』が人間をそう作ったからだ。 そしてルイズはその力を武装司書であるモッカニアから教わった。『過去神バントーラ』に成り代わり『本』の管理をする武装司書からだ。 魔法権利というこの力は、つまるところ異世界の神によって保証された力だ。 ルイズは心の中で苦笑いする。 (これじゃあ、異端というより異教よね) ハルケギニアに生きる以上、異端・異教など許されるものではない。 ルイズはもちろんブリミル教徒だ。 それがどれだけ敬虔なものかといえばなんとも言えないところだが、今の今までハルケギニアの常識的な範囲でブリミルの教えに背いたことはない。 生徒の中には食前の祈りなど、多少御座なりなものもいる。そういったものに比べれば自分は敬虔な信徒といえる、とルイズは思う。 だがそれも、貴族として始祖から与えられるべき魔法の才能を手に入れたい、そういった想いからきた信仰ではないか。 散々祈っても力を与えてくれなかったブリミル。 そして、異教のものとはいえ、欲しくて仕方のなかった力。やっと手に入った力。 ブリミルへの信仰を守るなら、異教の神の存在を認め、あまつさえその力に縋るということはできない。 だからと言って信仰のためにせっかく手に入ったこの力を捨てるのか? 「お待たせいたしました、ミス・ヴァリエール。申し訳御座いません。簡単なサンドウィッチしかご用意できませんでした。それとデザートのケーキです」 ルイズの思考を遮るように声がかけられた。シエスタがサンドウィッチとケーキの皿を持ってきたのだ。 「あぁ、うん。そこに置いて」 思考に耽っていたルイズは、少し呆けたような声でシエスタに命じる。 シエスタは皿をテーブルに置くと、再び紅茶を注ぐ。 それらの仕事を終えルイズの元を辞そうとするシエスタをルイズは呼び止めた。 「ねぇシエスタ。少し時間あるかしら?」 振り返るシエスタ。 「時間があれば聞きたいことがあるのだけど」 「聞きたいこと、ですか? あの、私はそんな貴族様の質問に答えられるような教養は持ち合わせておりません……」 シエスタは困った顔で答える。 「あぁ、知識とか教養は必要ないわ。ちょっとした暇つぶしの質問よ。『もし1万エキュー拾ったらどうする?』とか、そういう話、したりするでしょ? そういう質問よ」 「はぁ……」 ルイズはシエスタの困ったような顔を無視して話を進める。 「だから、あなたの思ったとおりのことを答えてくれればいいわ」 ルイズはそう言うと、サンドウィッチを一口かじり、咀嚼する。 そして小さく唾を飲み込むと、シエスタのほうを向く。 「もし、もしの話よ。もし、魔法を使えるようになるなら、あなたは使えるようになりたい?」 ルイズが聞くとシエスタは特に考えることもなく答える。 「それは、使えるのならば使いたいです。勿論」 シエスタはそこまで言って、喉の奥で小さく「あっ」と言う。自分の目の前にいる者が何者なのかを忘れていた。 貴族でありながら魔法を使えないルイズに対し、今の答えは軽率だったのではないか。 そう思い、恐る恐るルイズのほうを見ると、ルイズは特に気にした風もなく「そりゃそうよね」などと頷いていた。 「じゃぁ、次の質問。その魔法が……。いや、うん。それは後回しで。えーっと、じゃあ、魔法使えるようになったとして何をしたいの?」 ルイズは続けて質問した。 先程のルイズの態度といい、あくまで気軽な質問なのだろうと判断したシエスタは、素直な考えを述べることにした。 「やっぱりお金ですね。魔法を使ってお金を稼ぎます」 その言葉にルイズは少し苦笑いする。 (まぁ、やっぱり平民だもの、俗もいいところね) 「それが私の役目ですから」 そんなルイズの思考を遮るようにシエスタは言葉を続けた。 「役目?」 ルイズは聞く。 「私、八人兄弟の一番上なんです」 少し照れたように言うシエスタ。 「ですから、長女の務めとしてたくさんお金を家に入れられたらな、と。そして、故郷に帰るんです。 魔法が使えれば住み込みじゃなくても今以上に稼げるでしょうし。やっぱり、兄弟の一番上として、弟たちの面倒を見るのも役目ですから」 シエスタはそう言うと、少しさびしげな表情になる。 きっと、家族のことを思い出したのだろう。家族と一緒に暮らしていけるのなら、そのほうが良いに決まっている。 そのさびしげな表情に気づいたルイズは何か言葉をかけようと思ったが、気の利いた言葉が浮かばないのでやめておいた。 「じゃぁ、最後の質問ね」 ルイズはそう言うと、意を決したように一つ息を吐いた。 「もし、もしの話だからね! 魔法を使えるようになるのに、えーと、なんというか、あまり良からぬことをしなきゃいけないとかならどうする?」 「良からぬこと、ですか?」 「えーと、そうね、その、例えば! 例えばよ!? 魔法を使えるようになるのに異教の神様を信じなくちゃいけないとか、そんなだったらどうする?」 しどろもどろになりながらも、強い語気で言うルイズ。 その勢いに少し押されながらも、シエスタは暫し考える。 少し間をおいてシエスタは口を開いた。 「えっと。異教の神を信じればいいんですよね? 信じれば」 シエスタは『信じれば』という部分を強調して言う。 「そうよ」 ルイズが答えると、さらにシエスタが畳み掛ける。 「信じるだけでいいんですよね。毎日怪しげな儀式をしたりとか、その神様に生贄を捧げたりとか、教会に入れなかったりとか、そういった行動に制限はつきませんよね?」 「まぁ、そうね」 ルイズの答えを聞くと、シエスタはまた少し考え、 「ミス・ヴァリエール。その、あくまで例えばの話ですよ。もし異教の神を信じれば魔法を使えるならば、信じます」 と言った。 「異端よ、それ」 ルイズは短く言い放つ。 「た、例えばの話ですよね。勿論、私はちゃんと毎日お祈りしてますよ」 シエスタは慌てて例えばの話だと繰り返した。 「ええ。勿論、例えばの話よ。私もあなたも敬虔なブリミル信徒ですもの。例えば例えば。でも、例えばの話とはいえ、魔法が使えるなら異端者として生きることになってもいいってこと?」 ルイズも慌てて例えばだと強調する。 ルイズにとって、本当は例えばの話じゃないのだ。例えばの話にしておかないと困るのはルイズだ。 シエスタは少しばつの悪そうな顔をしながら口を開いた。 「それは、ばれたら異端でしょうけど……。頭の中で信じるだけならばれないじゃないですか」 シエスタの口から発せられた言葉に、ルイズは口をぽかんと開ける。 ばれなければ問題ない。 言うのは簡単だが、言ってしまったら元も子もない。 「ばれたら異端」。「ばれなければ異端ではない」。 その考え方は既に信仰とはかけ離れてる。 ルイズは悟る。 シエスタもブリミル教徒だ。 だが、シエスタが信仰しているのはブリミルではない。 シエスタの信仰は教会に向けられたものなのだ。教会の威光にひれ伏しているだけなのだ。 ルイズとシエスタでは異端の意味合いが違う。 シエスタにとっての異端は、教会を敵に回すということである。 ルイズにとっての異端は、ブリミルへの信仰を曲げることである。 ルイズとシエスタでは葛藤する場所が違うのだ。 ルイズも子供ではない。 ブリミル教徒の中に、シエスタのような者が幾らでもいるだろうことは解る。 言ってしまえば平民の貴族に対する忠誠も同じだ。 表面上は恭しく仕えている者も、内心がそうとは限らない。 自分のように、陰で平民から憐れまれる貴族だっているのだ。平民から反感を買う貴族など幾らでもいる。貴族に反感を持つ平民など五万といる。 貴族の中にもシエスタのようなものはいるだろう。別にブリミルを呪っているわけでも、異教の神を信奉しているわけでもない。ブリミルを信仰してはいる。 ただその信仰は、教会を敵にまわしたくないという思いから来ているというだけだ。 そして、ルイズの信仰がそうではないというだけだ。 『ばれなければいい』 やっと手に入れたこの力。それをすてるだなんてとんでもない。 自分が貴族であるためには、貴族としての役目を全うするためには力が必要なのだ。 その信仰が上辺だけの貴族はいる。だが、魔法の使えない貴族はいない。 ルイズは貴族になりたいのだ。 ならば答えは出ている。 「そうね。ばれなきゃ問題ないわね」 ルイズはその顔に薄く笑みを浮かべる。 だがシエスタは、ルイズのその目がかけらほども笑っていないことに気づいた。 その目はシエスタのことを見ているわけではなく、おそらくどこも見ていない。 シエスタは見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌ててルイズから目を逸らす。 「変な話につきあわせちゃったわね。もう下がっていいわ」 シエスタはルイズの下から離れると、また忙しなく働き出す。 そんなシエスタを眺めながら、ルイズはサンドウィッチを口に放り込む。咀嚼しながら、再び思考に耽る。 (ばれなければいい……) シエスタは言った。ばれなければ異端ではない。 そういう信仰もある。 だがルイズの信仰は違う。 異端の、異教の力を使うのなら、ばれようがばれまいが異端以外の何物でもない。 しかしルイズは魔法権利という力を諦めるつもりはない。 ルイズの心はきまった。 せっかく手に入れた力を捨てることなど、ルイズにできるわけがないのだ。 ならば捨てるのは己の信仰。16年間信じてきたブリミルへの信仰。 ばれなければ異端ではないなどと、開き直ることはできない。 ルイズの信仰は教会にあるのではなく、己の心の内にあるのだ。ばれるばれないの問題ではない。自分自身を騙すことなどできない。 ならば己が異端だと認めるしかない。 騙すのは教会、そして家族。クラスメイト。教師。 己が異端だということがばれなければいい。 たとえ異端であろうとも、力を手に入れることでやっとルイズの貴族としての人生が始まるのだ。 「ばれなければいいのよ……」 呟くと、ルイズは立ち上がった。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7183.html
「あれぇ……? ここ、どこだ?」 困惑した呟きと共に、土煙の中から姿を現わした男の姿を見たルイズは、愕然とした。 ルイズが呼び出したのは、人間の、それも平民とおぼしき人物であったのだ。 髪はぼさぼさで、ぼんやりとした表情を浮かべている謎の青年。 身につけている薄い上着は、首まわりが広がって肩までずれ下がり、とても高貴な身分であるとは思えない。 幾度もの失敗の後なのだ。呼び出した使い魔はさぞ大物に違いない、と確信していただけに、こんな貧相な人物を呼び出したルイズの受けた衝撃は大きい。 一般的なイメージとかけはなれたその使い魔の姿を、到底受け入れることなどできるはずもなかった。 「コルベール先生! やり直しを!!」 ルイズが後ろを振り向くと同時に叫んだが、先生と呼ばれた人物はそのことを予想していたのか、ただ首を横に振るのみであった。 己に向けられた彼の同情の目に、ルイズは自分の置かれた状況から逃れられないことを悟り、ますますみじめな気持ちになったのだった。 魔法を失敗した時より、さらに強くなった野次に泣きそうになりながらも、ルイズは意を決して、ぼんやりとたたずむ男の元へと歩を進めた。 なるべく相手の顔を見ないように俯きながら、ゆっくりと近づいていく。 数歩進んだところで、男の視線がルイズを捉えた。 男は興味深そうに、近づいてくるルイズの姿をじっと見つめている。 「面白い格好をしているね……。キミたちも、人間なのかな?」 何を言っているんだ、とルイズは思った。 薄気味悪い笑顔で訳のわからないことを話しているあたり、もしかしたら召喚されたショックで頭がおかしくなったのかもしれない。 (もしそうなら、これからがますます不安だわ……) そんなことを考えながら、ルイズは持っていた杖を男に向けた。 まずは目の前の問題を解決してから、これからのことを考えよう。そう思いながら、杖を男の額に当て、口を開いた。 男の視線が、ルイズから杖へと対象を変える。 「我が名は……」 ルイズが呪文詠唱を始めるのと、目の前を灰色の何かが舞ったのは、ほぼ同時であった。 「なっ……!?」 詠唱を中断したルイズは、その光景に目を疑った。 なんと、男の額に当てていたはずのルイズの杖が、突如灰となって崩れ落ちたのである。 いくら魔法の失敗が多いルイズとはいえ、杖を消滅させるようなことは今まで経験していない。それに何より呪文は完成していないのだ。 あまりに突然の出来事に、ルイズの頭は混乱しきっていた。 まわりを囲んでいるギャラリーも、じっと様子を窺っている。 「ちょ、ちょっと! これ、一体どうなって……」 「……ボクに触れたものはね。みんな灰になっちゃうんだ……」 にやついた表情のまま、いきなり言葉を発した目の前の男に、ルイズは再び仰天した。 言葉の意味を理解しようとしたが、頭が上手く回らない。 「ここがどこだかわからないけど……」 戸惑うルイズの様子を気に留めることなく、男は続ける。 「キミたちが人間だっていうのなら、やるべきことは一つだよねぇ。フフフ……」 両手の平を合わせ、胸の前で閉じたり開いたりしながら、男は楽しげに呟く。 その直後、男の体が灰色に包まれ、異形の体が湧き出るようにして現れた。 ゴツゴツとした灰色の表皮に、頭とおぼしき部位から横へと生えた二本の長い角。 両腕には禍々しい竜の顔を模したような、巨大で鋭い爪らしきものが備え付けられている。 歪んだ表情は、まるで人の恐怖をイメージしているかのように、絶えず不気味さを放っている。 その異様な姿はまさに、伝承の中に出てくる悪魔と呼ぶにふさわしいものであった。 灰色の悪魔の出現に、辺りは騒然となった。 いたるところで悲鳴があがり、その場から逃げだす者もいた。 目の前で悪魔の現出を目撃したルイズは、畏れと驚きに目を丸くし、開いた口を塞ぐことも忘れて、ずるずると後退った。 すると、悪魔の影が先ほどの人間の姿に変わり、どこからか響くような声で、ルイズに向かって呟いた。 「さあ、楽しいゲームの始まりだ……フフフフフ」 「ひっ!?」 悪魔は怯えるルイズの目の前まで迫ると、そのまま右腕を突きだした。 邪竜の牙に体を貫かれるのと同時に、ルイズの全身を、冷たい感覚が駆け巡った―― ―――――――――― 「ん……」 地面に倒れていたルイズが目を覚ます。 数回のまばたきの後、上半身をゆっくり起き上がらせると、半ばぼやけたままの思考を働かせ始めた。 自分がなぜ大地に臥していたのか、その理由を探るためである。 少し経ったところで、ルイズの顔が急に青ざめた。 (そうだ。わたし、確か変な奴に襲われて……) そこまで思い出したルイズは、上着越しに貫かれたはずの腹部をさすった。 普通ならば出血多量では済まないであろう大ケガをしているはずの腹部は、不思議なことに体どころか服すら無傷のままだったのである。 他にも何かないのかと確認したが、これといった異常は見当たらなかった。 まさか、悪い夢でも見ていただけなのでは。 ルイズがそう思い始めた頃、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「やあ、やっと気がついたね……」 振り返れば、そこにはあのぼんやりとした男が立っていたのである。 「なっ!? あ、あんたは……!!」 「あーあ……結局キミ一人かぁ。期待はずれだったなぁ」 「なんですって!?」 男の言葉に、ルイズは辺りを見回す。 儀式の時に周りを囲んでいたはずの大勢の生徒たちは、誰一人として姿を見ることができなかった。 かわりに、小さな灰の山が点々と存在しているだけである。 「ちょっとは期待してたんだけどなぁ……。まぁ、それなりに楽しめたからいいんだけどねぇ」 「ま、まさか、そんな……」 彼の言動から、自分以外の生徒たちは皆、死に絶えてしまったのだろう。 今目の当たりにしている光景に、ルイズは自分一人しか残されていないという孤独と、男の持つ異質な力への恐ろしさを感じていた。 かつてないほどの恐怖に、心臓の鼓動があり得ないほどに早まっていく。 「待ってよ……どこへ行くの?」 恐怖に耐えきれなくなったルイズは、男に背を向けると、学院に向かって勢いよく走りだした。 逃げなければという思いに身を任せ、ただがむしゃらに地を蹴るルイズ。 だが、急な動きに体がついていけなかったのか、駆け出してから数歩の距離で足をひねって転んでしまった。 おかげで、ルイズが立ち上がるよりも先に、追いついた男が彼女の元へ近づくことを許してしまったのだった。 「あ~あ。だらしないなぁ……」 「ひっ!?」 中腰のまま振り向けば、そこには追い詰めるように立ちはだかる男の姿があった。 その光景を前に、ルイズは思わず目を閉じ、両手で顔を覆う。 その時、ルイズの体に再び冷たい感覚が駆け巡った。 体を貫かれた時にも感じた氷のような冷たさが、一瞬にして全身に広がっていく。 何事かと驚いて目を開けると、自分の腕があるはずの場所に、明らかに自分の物ではない、灰色の腕があったのである。 「な……!? なによ、これ……」 「フフフ……キミはねぇ、オルフェノクになったんだよ」 男の発した聞き慣れない言葉の意味は分からなかったが、自分が男と同じ異形になってしまったことは理解できた。 自分の意思に応じて動く、石のように冷たいその腕は、紛れもなくルイズ自身のものだったからだ。 貴族の証たる杖、かけがえのない友、それに、人間であるという存在……。 ルイズが持っていた大切ものが、一瞬にして失われてしまったのである。 桃色髪の少女の姿に戻った『ルイズだったもの』は、がっくりと膝をついた。 「そ……んな……」 絶望に打ちひしがれるルイズの姿を、男はいつもより嬉しそうな表情で見つめていた。 「キミは今日からボクのしもべだ……。このままたくさんオルフェノクを増やして、ボクはその中で一番の存在になるんだ。フフフフ……」 『仮面ライダー555』より、北崎/ドラゴンオルフェノク
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3385.html
「…あんた誰?」 ルイズが召喚した生物は、竜を模した杖を持った亜人のメイジだった。まがまがしい青色の体、赤い宝石のついた首飾り、よく分からない感じの髪形。 亜人というよりは、人型の悪魔といった感じだろうか。 「なんじゃ?相手の名を尋ねるときは、まず自分から名乗るべきだろうに。それに、この竜王にあんたとは、言ってくれるではないか」 「何よ!これから私の僕になる使い魔候補の癖に偉そうに!」 「無理をするな、娘よ。足元が震えておるぞ。」 「ご、ご主人様になんてこと言ってんのよ!」 傲慢かつ尊大な竜王に気圧されてしまうルイズだが、なんとか強気に答えた。 「…まあいいわ。早速私と契約してもらいましょうか」 「契約?一体何を言っておるのだ?」 「こ、こうすんのよ…」 少し赤面しながらルイズは手に持った杖を竜王の前で振り何らかの呪文を唱え始める 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」 ルイズは思い切り背伸びをし、自分の唇を竜王の唇に重ねた。キスの直後、赤面がかなりひどくなったルイズだが、竜王は顔色人使えない。大人である。 「契約とはキスのことか?そうか。わしと結婚したかったのか」 「違うわよ!あんたを使い魔にする契約よ!だれが結婚なんてするもんですか!」 その後竜王の左手の甲にルーンが書き込まれる。 「これは一体・・・わしの手にルーンが?」 「ねえ、左手、熱くないの?」 「熱い?わしには何のことかさっぱり分からんのだが・・・」 巨大な竜の化身である竜王は、熱にはめっぽう強いのだ。竜王のルーンを確かめるべくに魔法学院の教師、コルベールが駆け寄った。 「これは、何とも珍しいルーンだ」 「まあいいわ!これで契約完了ね!」 ルイズが召喚に成功し喜んでいた時に、竜王はまたも尊大に話し掛けてきた。 「おい、ここは一体どこなのだ?詳しく説明するのだ」 「使い魔の癖に偉そうに・・・私の部屋で説明してあげるわ。ついてきなさい!」 トリステイン魔法学院生徒寮のルイズの部屋。時は既に遅く、天には二つの月が浮かんでいた。 普通の者なら月が二つ浮かんでいることに驚くのだが、竜王の驚いた点はそこではない。 「空が暗くなっている。大魔王ゾーマが世界を支配していたときはこのような闇の世界だったと聞くが・・・」 「ねえ、あなたは一体何者なの?」 まじまじと空を見つめる竜王に、ルイズは話しかけてみた。 「わしはアレフガルド王国を我が手中にするべく、国王ラルス16世の一人娘、ローラを誘拐し、ドムドーラの街を滅ぼした。部下もたくさんおる」 「ふーん。凄いんだ、あんた」 ルイズは竜王を地球でいうヒットラーや金正日程度にしか思っていなかった。 「わしも質問させてもらおう。ここはどこだ?使い魔とはなんだ?」 「教えてあげるわ。ここはハルケギニア大陸のトリステイン王国。この建物はこの有名なトリステイン魔法学院。ここでは魔法を使えるものが貴族、使えないものは平民といった階級制度になっているのよ」 「魔道士が貴族か・・・それは興味深い」 「あなたもメイジのようだから、それなりの扱いはしてあげるわ。次は使い魔の説明ね。まず第一に!使い魔は主人の目となり耳となる能力が与えられるわ!」 「わしの見たものがそなたにも見えると言のか?」 「物分かりがいいわね」 「それで何が見えるか?」 「…怖いほどよく見える。普段見えないような変な物まで…」 「なんだ?その変な物とは」 「・・・お化け。帽子をかぶって舌を出してる」 「それならまったく気にすることはない」 「あとそれから使い魔は主人の望む物を見つけてくるの。例えば秘薬とか」 「き、貴様はわしに物探しをしろというのか・・・!」 「だってそれが使い魔・・・ひっ!ご、ごめんなさい・・・生意気なことを言ってすみませんでした・・・」 竜王の迫力に押され、思わず泣きながら謝ってしまったルイズであった。 「まあよい。そんなものを探すのはたやすいことだ。わしの気が向いたら探してやってもよいぞ」 「えっ・・・?」 契約をする際に、主人に対する親しみを使い魔に無意識のうちに刷り込むことができる。所詮使い魔は使い魔。 ご主人に逆らうことなど不可能。・・・というルイズの考え方はまったく的外れ。 竜王はハルケギニアのことをまだあまり知らない。見知らぬ地で事件を起こすのはあまりにも無謀と考えたのだった。 数カ月後には、この地を我がものにしようと企んでいる。 「そしてこれが一番なんだけど…」 ルイズはほっと一安心し竜王に説明をし続けた。 「なんだ。言ってみろ」 「使い魔は主人の守護を担う存在の。その能力で敵から主人を守ることが最も重要!」 「ほう、守護か」 「あんたはとても強そうなメイジだけど、さすがにドラゴンやグリフォンは・・・」 「グリフォンは知らぬが、ドラゴンはわしだ。安心しろ。わしに倒せぬものなどない」 「何を言っているのか全然分からないわよ!あんたはドラゴンの杖を持っているけど、ドラゴンそのものには見えるわけがない。 あんたはドットメイジの私が召喚したのだから、あんたもドットメイジでしょ?」 「わしは8のようなポリゴンよりも従来のドット絵の方が好きだ。」 「は?」 ルイズには竜王が何を言っているのかまったく分からない。ポリゴン?ドットエ? 「もしかしたらスクウェアメイジ・・・」 「ファイナルファンタジーを出す前は、倒産するかもしれなかった。任天堂にも嫌われ、エニックスとコンビをなぜ組めたか不思議でならんわい」 話がまったくかみ合わない。とにかくニンテンドーという言葉の意味が分からない。 おかしな会話をしている間にもうすっかり夜になった。そこが問題である。 もともとこの部屋はルイズ一人しか住んでいない。ベッドも一つだけ。 自分はベッドに寝ればいい。しかし竜王は・・・ 使い魔とはいえ彼はルイズと同じメイジ。さすがに床で寝かせるわけにもいかない。 もしかしたら自分より各が上かもしれない。一つのベッドに…2人で一緒に寝るしかないのだが・・・彼はどうみても男性。 一緒にベッドに入るのは恥ずかしい。となると、自分が床で寝るしかない。 「あの、リューオー」 「何だ。これからわしは外に出て散歩をしようと思うのだが」 「今から、散歩・・・?」 「そうだ。このように闇に閉ざされた世界をすばらしいと思わんか?」 「でも夜は寝ないと・・・」 「なぜだ?たいして疲労もしておらぬのに寝るのか?」 竜王のもといた世界、アレフガルドには、昼や夜といったものが存在しない。たとえ何十時間がすぎようとも、空は明るいままだ。 睡眠は、戦闘等で疲れた時のみにとればいい。最も、ゾーマが世界を支配していたころは、逆に何十時間がすぎようとも、空が暗いままだったのだが。 竜王は暗い夜道を一人で出かけてしまった。こうして、竜王に気を遣うことなくルイズは一人でベッドで眠ることができたのであった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5708.html
前ページ次ページ蒼い使い魔 「あれ…?」 ルイズは見知らぬ場所で一人ぽつりと佇んでいた、 ここはどこだろうか? ヴァリエール家の秘密の場所? いや…違う、まるで見覚えのない場所、 辺りには板状に切りだされた不気味な石のオブジェが不規則にいくつもいくつも並んでいる。 「なにここ…なんだか不気味…」 そう言いながらとぼとぼと歩きだす。辺りは薄暗いが空には血のように紅い月が不気味に輝き 足元を照らしているため転ばずに済んだ。 周囲は静寂に包まれており、ルイズの足音だけがさみしく響き渡る。 「誰かいないの? ねぇ? バージル!? いたら返事してよ!」 孤独感に耐えられなくなり大声で己が使い魔の名前を叫ぶ、 だがその声は闇の中に吸い込まれ誰も返事をする者はいなかった。 「もう…なんで誰もいないの…? バージル…どこにいっちゃったのよ…」 ルイズはさみしさに押しつぶされそうになりながら、また歩き出す、だが歩けど歩けど一向に周囲の景色が変わることはなかった。 「なんなのよ! ここは!」 ついに我慢しきれなくなり大声を上げる、そして地面にへたり込むとあたりを見渡した。 「それにしても…なんなのかしら、この石のオブジェは…まさか墓石だったりとか…」 ルイズはそう呟きながらふらふらと立ち上がりオブジェへと近づいて行く、 調べてみると何やら馴染みのない異国の文字が書いてある。 そこになんと書いてあるのかはルイズには読むことができなかった。 「やだ…これってやっぱり墓石…」 だがそれだけでも墓石と判断するには十分だった、ルイズは呻くように後ずさると再び地面にへたり込む。 「じゃ…じゃあ…こ…これ全部…?」 ルイズはとたんに恐ろしくなり周囲を見渡す、そこにはまるでルイズをぐるりと取り囲むように墓石が並んでいた。 「あ…あぁ…こ…これは夢よ…! そう…夢…! だ…だからすぐ醒める…こんなっ…!」 ルイズは恐怖心にかられながら、頭を抱えうずくまる。 そうだ、昔ちいねぇさまに教えてもらったことがある、怖い夢を見た時は楽しい事を考えるんだ、 そうすれば自然に怖い夢が楽しい夢に変わる。 思い出したルイズは必死に楽しい事を考えようと努力する。だが… ―ボコッ…ボコボコッ… 何かが、地面から這い出る音がする。 ルイズが思わずその方向へ顔を向けると… 手に大鎌や槍、大剣などを持った悪魔の群れが、墓石の下から這い出てくるのが見えてしまった。 「ひっ…!!」 恐怖に身体がすくみあがる。周囲に存在するすべての墓石から悪魔達が這い出てくる。 見渡す限り悪魔、悪魔、悪魔、その全てがルイズへとにじり寄ってくる。 「こ…こないで! こないで!」 ルイズが杖を抜こうとすると。いつも杖があるべき場所に杖がない。 「う…嘘っ!? そんな…い…いや…た…助けて…バージル…」 ルイズの体を絶望と恐怖が支配する、このまま悪魔に殺されてしまうのだろうか? にじり寄る悪魔の一体がルイズに向け剣を振り上げる、ルイズは恐怖で目をつむった。 「ッ…!」 ―ガキィンッ! と言う剣と剣がカチ合う音が響く。 ルイズが恐る恐る目をあけると… 目の前にはルイズよりも小さい銀髪の少年が悪魔の振り下ろした剣を刀で受け止めていた。 「逃げろ! ×××!」 少年は振り向くとルイズに向け叫ぶ、誰かの名前を呼んだ気がしたがよく聞き取れなかった。 「え…だ…だれ…?」 ルイズは驚き少年を見るが髪の毛が目元を隠しており誰だか識別することはできない。 腰を抜かしたルイズはそのまま少年を見守るしかできなかった。 十歳くらいの少年が、自分の背丈よりも遥かに長い刀を振りまわし必死に悪魔を斬り倒している。 その刀にルイズは見覚えがある、閻魔刀だ、ではあの少年は…? 「バー…ジル…?」 悪魔達はすでにルイズのことは視えていないらしく次々少年へ襲いかかる。 斬り飛ばされた悪魔の首が少年の腕にガブリと噛みつく、 ―ベキッ…! ベギッバキッ! という骨が噛み砕かれる嫌な音、 「がっ…!」 短い悲鳴をあげ、右手から閻魔刀を取りこぼす、が、すぐさま左手で受け止めると 柄頭で腕に噛みついた悪魔の頭を叩き潰す。 「ハァッ…! ハァッ…! ハァッ…!」 少年の息は荒い、すでに満身創痍だ。 ―ボコッ… 少年の足もとの土が盛り上がる。 「っ!?」 少年が気がついた時には遅く、地面から生えた槍が深々と少年の胸部を貫いた。 「ぐあっ…!」 短い悲鳴をあげながら少年は地面に倒れ伏す、 ―ヒューッ…ヒュッ…ヒューッ… 肺から空気が漏れる音がする、少年は墓石に背中を預けながらも地面に突き刺さった閻魔刀へと必死に手を伸ばそうとする… だがその少年の眼に映ったものは閻魔刀ではなかった、手を伸ばした閻魔刀のさらに先にあるもの… 小高い丘の上に建つ一軒の家屋、それが勢いよく炎を上げ燃え盛っている様子が目に入った… 少年の眼が絶望で染まる、おそらくは彼の家なのだろう、 「ぁ…ぁ…か…ぁ…さん…」 彼が消え入りそうな声で母を呼ぶ。 悪魔達が彼を取り囲む、その中の一体が地面に突き刺さった閻魔刀を引き抜くと… 彼の心臓目がけ突き刺す、それを合図とするように次々と悪魔達は彼の体に武器を突き刺していった。 その様子をみながらルイズは声にならない悲鳴を上げることしかできない… 墓石にはりつけられた少年の指がピクリと動く… 「か……かあ…さん…××…×…」 少年はゴブッと大量の血を吐き出しながら燃え盛る家屋に向け弱弱しく手を伸ばすと…ガクリと崩れ落ちる。 奇しくもルイズは彼が寄り掛かる墓石に刻まれた文字を読むことができた… そこに刻まれていたのは ‐ VERGIL ‐ 「いやぁああああああ!!!!!」 ルイズはあらん限りの声をあげて涙を流す。今すぐにでも倒れ伏した少年のもとへと走っていきたい…! だがルイズの足は動かない、動かす事が出来ない、まるで過去の映像を見るかのように 場面が切り替わるのをただただ見ているしかできないのだ。 「もうヤダ! やめて! おねがいやめて! こんなの見たくない!」 ルイズは涙を流しながら頭を振りまわす、しかし夢は一向にさめることはなかった 「う…うぅ…う…もうヤダぁ…ヤダよぉ…こんなの…バージル…助けて…」 目の前で起きたことにルイズは蹲った。 ―クッ…ククッ…クククククク…ハッ…ハハッ…ハハハハハハハ!!! 突如墓石にはりつけられ息絶えたかに見えた少年が声をあげて笑いだす。 ルイズが驚いて顔を上げると、少年が自身の体に刺さった武器など意に介さないように立ち上がり、 一本一本抜き取っていく、少年の眼はまるで血のように紅く染まり、口元を大きく歪め…笑っていた… そして最後に心臓に突き刺さった閻魔刀を引き抜と、自分に襲い掛かった悪魔の群れに猛然と走りだした。 悪魔の群れを斬り倒し、薙ぎ払い、殺しつくす、目の前で行われているのはただただ一方的な殺戮。 悪魔達は抵抗らしい抵抗もできず少年に斬り殺されていく。その中で少年は、楽しそうに笑っていた、 ルイズはそれを、『恐ろしい』と感じる。やがて全ての悪魔を殺し終えた少年がふらふらと歩きだした。 そして不意に立ち止まると…燃え落ちた民家の方向を見て、場面はそこで停止した。 呆然と紅い月をバックに立ち尽くす少年を見ていたルイズの頭に突然声が響く。 ―力は素晴らしい ―どんな悪魔もスパーダの力の前にはひれ伏す ―凡百の悪魔などスパーダの力の前では赤子と同じ ―無残に母を殺し、残酷に弟を害した悪魔に死を ―憤怒、後悔、哀惜、絶望、疑問、戸惑い ―その『痛み』が快感であり、その『痛み』こそが力となる ―全てを守るために選んだ道 ―暴虐に終止符を打たせる力 ―父の名に誓い、俺はそれを求めている ―俺の決意も力も、決して壊せはしない 『更なる力を望むや否や?』 「失せろ」 ―ガシャァン!! というまるでガラスが砕け散るような音が響きわたる。 見るとあたりの風景がその音とともに崩れ落ち漆黒の闇に閉ざされる。 ルイズが驚いて周囲を見回す、すると闇の中に誰かが立っている。 そこには閻魔刀を抜き放ったバージルが立っていた。 「バージル!!」 ようやく見つけた、この悪夢から救い出してくれる己が使い魔 ルイズは使い魔の名前を叫びながら駆けだす、 そしてバージルにおもいっきり抱きついた。 「どこに行ってたのよ! 呼んだらすぐに来なさいよ! このばかぁ!」 ルイズは泣き叫びながらバージルの胸板を叩く。 バージルは微動だにせず、ただ自分の胸で泣くルイズを見下ろし…静かに口を開いた、 「ルイズ…お前も…俺の邪魔をするのか?」 「えっ…?」 その言葉にルイズが顔を上げる、言葉の意味が分からない。 バージルの髪は垂れ下がり目元を隠しているためその表情をうかがうことはできなかった。 「邪魔だなんてそんな…。私はただ…」 そこまで言うとルイズの頭の中に再び声が響く。 ―あの日、『人間の』俺は死んだ ―俺の決意はなにも変わってはいない、俺は俺の道を征くだけだ ―邪魔をする者は、誰だろうと斬る 「な…なに…? なんなの…これ…」 ルイズがバージルから離れるようにふらふらと後ずさる、すると…目の前で何かが光った、 ―ポタッ…ポタッ… となにかが滴り落ちる音が聞こえる 「え…?」 ルイズが恐る恐る視線を下へ向ける…そこにあったのは… バージルの手に握られた閻魔刀が自分の腹を深々と刺し貫いていた。 あぁ、さっきの音は血の音か…ルイズはまるで他人事のように考える、 夢だからだろうか? 不思議と痛みは感じない、だが、閻魔刀の冷たい感触が体を貫いているのだけは感じることができた。 「な…なん…で…バージル…」 ルイズが何が起こったかわからないといった表情でバージルを見る、 二つの視線が交錯した。 ルイズの瞳は起こったことが信じられないと言いたげに時折歪み、バージルはルイズをただ冷たく見下ろしている。 一拍置いた後、ルイズの腹から情け容赦なく刃を引き抜いた、 ルイズは一瞬大きく身体を泳がせて、後はそれきり硬直し…膝をつき前のめりに倒れこんだ。 バージルはそれを見た後、暫し額に片手の指先を這わせ… 何やらもの思わしげな風情だったが、すぐにその考えを振り払うようにそのまま前髪を掻きあげる。 そうすることにより現れた彼の顔は、表情などカケラも無い冷たい空気を纏っていた。 「ど…どうして…? バー…ジル…」 ルイズが振り絞るように声を出す、 「ルイズ…警告だ、俺の邪魔をしないでくれ」 彼には珍しく―それこそ一度も聞いたことがないほど静かな口調でそう言うと、閻魔刀に付着した血を振りはらう。 そして後ろを振り返ると右手の閻魔刀を強く握りしめ、強い歩調で歩きだす。 彼の視線の先には紅く輝く三つの眼、そして視界を埋め尽くすほどの悪魔の軍勢があった。 「だめ…行っちゃ…だめ…お願い…行かないで!」 ルイズはバージルに腹部を貫かれながらも必死に這いつくばりバージルを追おうと足掻いた、 だが彼の背中はどんどん遠くなる。眼が霞む、瞼が…重い…、闇が…降りてくる…。 「バージルッ!!」 ―ガバッ、とルイズが勢いよくベッドから跳ね起きる。 「ハァッ…ハァッ…ハァッ…ハァッ…!」 心臓がうるさいほど高鳴っている。息が苦しい… 全身は汗でぐっしょり濡れており、眼がしょぼしょぼする、夢を見ながら泣いていたらしい 「夢…」 ルイズは呟きながら部屋の中を眺めまわす、そこはいつもと同じ、自分の部屋。 少し離れたところにあるソファにはバージルが横になっている。 「(あの夢って…バージルの…過去…?)」 とにかく落ち着こう、そう思いテーブルの上の水差しからコップに水を注ぎ、飲みほす。 今まで見たことがないほどの、過去最悪の悪夢だ。今でも鮮烈に思い出せる、あの恐怖。腹部を貫いた閻魔刀の冷たさ。 ルイズは自分のお腹をさする、夢の中とはいえ、バージルに刺されたのはかなりショックだった。 「…バージル?」 ルイズはソファで横になっている自分の使い魔に声をかけてみる するとバージルは静かに目を開いた。 「どうした?」 「あ…う…その…夢…そう…夢を見たの…そのなかでね…わたし…あんたに殺されちゃった…」 ルイズは絞り出すように今見た悪夢の内容をバージルに話す。 普段なら「夢の中でご主人さまを殺すなんてどういうつもりよ!」と癇癪を起こすところだが あまりにも悲惨で壮絶な彼の過去と覚悟を目の当たりにしたせいかそんな気力は消え去っていた。 「これも…ルーンの効果か? くだらんことを…ますます気に入らん…」 それを聞いたバージルは眉間に深い皺を寄せ左手のルーンを睨みつける。 バージルはルーンによって過去を心を勝手に覗き見られたことに強い不快感を示す。当然だ。 彼にとっては最も触れてほしくない記憶… かといってルイズも自ら望んでそれを見たわけではないので責めるわけにもいかない。 自傷防止の効果がなければ即座に閻魔刀でルーンを左手の肉ごと削ぎ落としているだろう。 「その…ごめんね…」 険しい表情のバージルにルイズが恐る恐る謝る。 「なぜお前が謝る必要がある。すべてはこのルーンが原因だ。 …元をたどればお前にも責任はあるが、そこまで責める気は無い。 夢の中で俺に殺されたのなら、それでチャラにしておいてやる」 「もう…人が謝れば調子にのって…すごく怖かったんだから…」 ルイズはそう呟くとベッドの中へと戻る、 そしてシーツをかぶると再びバージルを見る。 「ねぇ、ちょっとこっち来なさい」 「なんだ…」 「あ…あんたのせいで怖くて寝れなくなっちゃったのよ! だから…その…そ…そばにいてほしいの!」 「殺された相手にか? 変わった女だ」 バージルは呆れたようにソファから立ち上がるとベッドに寄りかかるようにドカッと腰を下ろす。 「朝までここにいてやる」 「…ありがと」 「世話が焼ける…」 ルイズはバージルの背中に身体を寄せると、静かに寝息を立て始めた。 翌日 トリステインの王宮でアンリエッタは客を待っていた。 女王へ位を上げたとはいえ、のんびり玉座に腰をかけているわけではない 王の仕事は主に接待である。戴冠式を終え女王となってからは国内外の客と会うことが多くなった。 内容は何かしらの訴えや要求、ただのご機嫌うかがい、 アンリエッタは朝から晩まで誰かと会わなければならない羽目になっていた しかも不幸なことに今は戦時中のため普段より客が多い、 どのような相手であれ威厳を見せねばならないため大変に気疲れしていた。 マザリーニの補佐がなければとっくにダウンしているだろう。 しかし、次に自分の目の前に現れる客は違う。先のような対応をしなくてもいい、だけどとても大事な客。 部屋の外で待機している呼び出しの声が聞こえた。客がこの場に到着したのである。 アンリエッタは溢れる嬉しさを少しばかし我慢した。もう少しだけ女王の態度をとらなければ。 無理矢理作った口調で、「通して」と告げる。すると、固く閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。 ルイズが立って恭しく頭を下げる、その隣には彼女の使い魔、バージルの姿が―見えなかった。 「ルイズ! あぁルイズ! 会えて嬉しいわ!」 ルイズは頭を下げたまま、応える。 「姫さま……、いえ、陛下とお呼びせねばいけませんね」 「そのような他人行儀を申したら承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。 あなたはわたくしから最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」 「ならば…、いつものように姫さまとお呼びいたしますわ」 「そうしてちょうだい。ねえルイズ、ホント女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ…」 アンリエッタは疲れ切った表情を浮かべながらため息を吐く。 「そういえば…ルイズ、あなたの使い魔の方は?」 「あ…えと…バージルは別室で待機させています、その…そう! た…体調が悪いとかで…!」 その問いかけにルイズは目をすごい勢いで泳がせながら答える。 「そう…一言お礼を申し上げたかったのだけれど…」 無論ルイズは嘘をついている、まさかバージルがアンリエッタとの謁見を拒否した、とは言えない。 「あの女に膝をつくのは死んでも御免だ」 とバッサリ言われあきらめることにした。アンリエッタの前で空気を読まない発言を連発されるよりは遥かにいい。 バージルがアンリエッタをあまりよく思ってないのは確かだ、そもそもあの男に気に入られる人間がいるかどうかは甚だ疑問だが…。 「あの…姫様? お礼…と仰いましたが…?」 ルイズは先のアンリエッタの言葉を聞き返す。 そもそもここに呼ばれた理由はなんだろうか? 今朝がた急にアンリエッタからの使者が魔法学院にやってきたのである、 二人は授業を休みこうしてアンリエッタが用意した馬車に乗りここまでやってきたのだった。 やはり呼ばれた理由は『虚無』のことなのだろうか? するとアンリエッタはルイズの手を握る、 「先のタルブでの勝利は、あなたと彼のおかげだもの、お礼をしなくちゃ」 ルイズはアンリエッタの表情をはっとした表情で見つめる。 「わたくしに隠し事はしなくて結構よ。ルイズ」 「わたし…なんのことだか……」 それでもとぼけようとするルイズにアンリエッタはほほ笑むと羊皮紙の報告書をルイズに手渡した。 その報告書をかいつまむとこう書いてあった。 『所属不明の風竜から飛び出した蒼い衣を纏った銀髪の騎士が次々と敵竜騎士隊を撃墜、駆逐』 「(あれだけムチャクチャやればそりゃ目立つわよね…)」 それを読んでルイズは大きくため息を吐く 「ここまでお調べなんですね…といっても、この蒼い衣の剣士って時点でバレバレですよね…」 「あれだけ派手な戦果をあげておいて隠し通せるわけがないじゃないの。 兵たちの間では黙示録の騎士とも呼ばれていますが、わたくしにはすぐにわかりましたわ。 だから彼にもお礼と恩賞を与えたかったのですけれど…」 アンリエッタはそこでクスクスと笑うと、もう一度ルイズの目を見て言った。 「多大な…本当に大きな戦果ですわ、ルイズ・フランソワーズ。あなたとその使い魔が成し遂げた戦果は、 このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類を見ないほどのものです。 本来ならあなたに領地どころか小国を与えて大公の位をあたえてもよいくらい。 そして使い魔さんにも特例で爵位を与えることもできましょう」 「わ…わたしはなにも…手柄を立てたのはあいつ…使い魔で…」 ルイズはぼそぼそと言いづらそうに呟く。 「あの光はあなたなのでしょう? ルイズ、城下では奇跡の光だと噂されていますが 私は奇跡を信じません。あの光が膨れ上がった場所にあなたたちが乗った風竜がいた、 あれはあなたなのでしょう?」 ルイズはアンリエッタに見つめられこれ以上は隠せないと判断し、 「実は…」と始祖の祈祷書のことを話し始めた。 「では…間違いなく私は『虚無』の担い手なのですか?」 「そう考えるのが正しいようね」 ルイズは溜息をついた。 「これであなたに、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね? ルイズ」 「はい」 「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたしと、あなたとの秘密よ」 すると、考え込んでいたルイズが何か決心したかのように、アンリエッタを見つめ口を開く。 「おそれながら姫さまに、わたしの『虚無』を捧げたいと思います」 「いえ…、いいのです。あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」 「神は…、姫さまを…トリステインをお助けするためにこの力を授けたはずなのです!」 しかし、アンリエッタは首を振る。 「母が申しておしました。過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言いきれるのでしょうか?」 ルイズは昂然と顔を上げる、自分の使命に気がついたような、そんな顔であった。しかしその顔はどこか危うい。 「わたしは、姫さまと祖国のためにこの力と体を捧げなさいとしつけられ、信じて育って参りました。 しかし、わたしの魔法は常に失敗しておりました、ついた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」 ルイズはきっぱりと言い切る、 「しかし、そんなわたしに神は力を与えてくださいました。わたしは自分の信じるものに、この力を使いとう存じます。 それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら杖を陛下にお返しせねばなりません」 そんなルイズの口上にアンリエッタは心を打たれた。 「わかったわ…ルイズ、あなたは今でもわたくしの一番のお友達、 あなたがわたくしを信じてくれている限り、わたくしもあなたを信じ決して裏切らないことを始祖に誓いますわ…」 「姫様…」 ルイズとアンリエッタはひしと抱き合った。 謁見を終えたルイズがバージルを迎えに別室へと向かう。 ルイズがドアをあけると、部屋の中に『体調不良』で休んでいるはずの男が 優雅にティーカップ片手に足を組みながら本を読んでいる光景が目に入った。 「バージル、終わったわ、帰るわよ」 バージルはその言葉を聞くとテーブルにティーカップを置き、部屋を出た。 王城の廊下を二人で歩いているとルイズがバージルの横腹を肘でつつく。 「姫様があんたに『お体にお気をつけてくださいね』ですってよ」 「……ふん」 バージルはつまらなそうに鼻を鳴らすと横目でルイズを見ながら話しかける、 「ルイズ、なにか下らんことを言ったのではないだろうな?」 「何よ下らないことって、ただこれからも変わらず姫様に忠誠と『虚無』をささげるって誓っただけよ」 「それが下らんと言うのだ…」 呆れたように吐き捨てるバージルにルイズはキッとなって睨みつける。 「貴族が陛下に忠誠を誓うのは当然のことよ! 姫様も私が信じている限り決して裏切らないと始祖に誓ってくれたわ!」 ツンと胸を張って答えるルイズはなにやら書面を取り出した 「何だそれは」 「許可証よ、女王陛下公認のね、簡単にいえば女王の権利を行使する権利書ってところね、 あぁ…姫様はそれほど私を信頼してくださってるんだわ…私もそれに答える、姫様のためにね」 そう言いながら悦に入るルイズを見ると、バージルは小さくため息を吐いた。 「あ、そうそう、忘れるところだったわ、はいこれ」 ブルドンネ街に入ったところでルイズは思い出したかのようにバージルに何やら皮袋を手渡す、掌に収まる大きさだがなかなかに重量がある。 「…これは?」 「姫様からあんたにだって、タルブでの恩賞、ありがたく受け取っておきなさい」 「金と…宝石か、まぁいいだろう」 バージルが袋の中を確認するとコートのなかにしまい込む、彼にとっては地位よりも価値のあるものだ。 「あんたも姫様のご期待にちゃんと答えるのよ! 私の使い魔なんだから!」 「断る、俺はお前とは違ってあの女に忠誠を誓う気など毛頭ない。今回はたまたま利害が一致しただけだ」 やっぱりこいつをアンリエッタに合わせなくて正解だった、その言葉を聞きルイズは心底そう思った。 「何言ってるの!? ご主人様が生涯忠誠を誓う相手には使い魔も忠誠を誓うのは当然でしょ?」 「知らんな、俺は魔界に行く。いつまでもここに留まる気はない」 「口を開けば魔界魔界! 勝手に行けばいいじゃない!だれも残ってほしいなんて頼んでないわ」 ルイズはぷいっと顔をそらすとバージルより歩調を速めて歩き出した 「そうか、ではそうさせてもらおう」 バージルは事もなげに言う、まるでその言葉を待っていた、と言わんばかりだ。 「えっ!?」 その言葉が聞こえたのかルイズが立ち止まり振り返る、あまりにあっさりバージルがその言葉を受け入れたからだ。 「なっ…て…手がかりはあるの!? ないんでしょ? 行けないかもしれないじゃない…! そんな場所にどうやって行こうっていうのよ!?」 「手がかりならある」 バージルはそう言うとコートから一冊の本を取り出す、それは昨晩読んでいた本だ。 「な…なんの本?」 「『魔剣文書』。スパーダが封じた魔界への道が書かれている。この世界にもあるとは思わなかったが、 つい先日見つけた、この世界にも魔界への道が存在するのは確かだ」 「う…そ…」 「解読が終わればすぐにでもここを発つつもりだ、路銀もこの通りだ」 バージルはにべもなくそう言うと呆然と立ちすくむルイズの横を通り過ぎ、人込みをかき分け消えていった。 バージルは歩調を緩ませることなく人込みをかき分け歩いて行く。 城下は戦勝祝いで未だにお祭り騒ぎ、酔っぱらった一団がワインやエールの入った盃を掲げ 口々に乾杯! と叫んではカラにしている。 ルイズはバージルの口から出た言葉にしばし立ち尽くしていたが、バージルの姿がないことに気がつく、 長身で銀髪にロングコートという割と目立つ格好とは言え人ごみに紛れてしまい、まるで姿が見えない。 ルイズは慌てて駆けだした。 「いてぇな!」 勢いあまって、ルイズは男にぶつかってしまった。 どうやら傭兵崩れらしい、手には酒の壜をもって、それをぐびぐびラッパ飲みしている、 相当出来上がっているようだ。 ルイズはそれを無視し男の脇を通り抜けようとしたが、腕を掴まれた。 「待ちなよ、お嬢さん、人にぶつかって謝りもしねぇで通り抜けるって法はねぇ」 傍らの傭兵仲間らしき男が、ルイズの羽織ったマントに気がつき 「貴族じゃねぇか」と呟いた。 だが男は動じず、まだルイズの腕を強く握っている。 「今日はタルブの戦勝祝いのお祭りさ、無礼講だ! 貴族も兵隊も町人もねぇよ。 ほれ、貴族のお嬢さん、ぶつかったわびに俺に一杯ついでくれ」 男はそう言うとワインの壜を突き出した。 「離しなさい! 無礼者!」 ルイズが叫ぶと男の顔が凶悪に歪んだ 「なんでぇ、俺にはつげねぇってか。おい! 誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたとおもってるんでぇ! 『聖女』でもてめぇら貴族でもねぇ! 俺達兵隊さ!」 男はそういうとルイズの髪をがしりと掴もうとしたその時 男の頭の上からワインがどぼどぼと浴びせられる。 いつの間にか男の後ろに立っていたバージルがワインの壜を奪い男の頭の上から浴びせかけていたのだった。 「ぶっ…なっ…なんだテメェ! なにしやがっ―」 男がそこまで言い切る間もなくバージルの手が男の首をガシリと掴み上へと持ち上げる。 首を掴まれ立つべき地面を失った男がジタバタともがく、がバージルの手はまるで万力のように男の首を締めあげた。 「あ…がっ…ごっ…」 「お…おい! てめぇ! 何しやがる! は…離しやがれ!」 締め上げられた男が顔を蒼白にしながら泡を吹き始め、それを見て慌てた傭兵仲間達がバージルを取り囲む。 バージルは首を掴んでいた手をパッと離し、男を地面に放り出す。 地面に放り出された男はビクビクと痙攣し口から泡を吐いている。 「お…おい…コイツはやばい…」 バージルの眼をみた傭兵の一人が顔を蒼くして呟く、 長年戦場を生き抜いてきた長年の勘が、いや、生命の本能部分が告げる。 ―この闇と戦ってはならない。 今まで味わったことのない濃厚な死の気配、この男は数多の死を振りまいてきた魔人だと直感する。 その恐怖は周囲を取り囲んだ傭兵達に伝染したのかじりじりと後ずさる。 「ひっ…ひぃいい…」 その中の一人が逃げ出すと傭兵達は気絶した男を無視し蜘蛛の子を散らすように逃げだした。 「………」 それを見送ったバージルは無言のままルイズの横を通り過ぎて行ってしまった。 ルイズはハッと我にかえるとバージルを追いかけコートの袖をぎゅっと握る、 離したら今度こそどこかに消えてしまいそうで不安になったからだ。 「その…ごめん…」 「何故謝る」 「………」 怒ってるのかな? そう考えたルイズはバージルの顔を覗き込む その横顔は、やはりというべきか、氷のように無表情だった。 引きずられるようにルイズは歩く。助けに来てくれたことはこれが初めてではない。 けれど来てくれたときは本当にうれしかった。冷たくされた分だけ気持ちは弾んだが、 それを悟られたくないと思ってしまうルイズだった。 気がつけばルイズはバージルの手を握っていた。バージル自身が握り返してくることはなかったが、 振り払いはしなかった。 ルイズはそんなバージルと歩くうちにだんだんと楽しくなり始めた。 街はお祭り騒ぎで華やかだし、楽しそうな見世物や珍しい品々を取りそろえた屋台や露店が通りを埋めている。 その中をバージルとルイズが手をつないで歩いて行く。バージルは相変わらず前のみを見て歩いているが、 ルイズは物珍しそうにあたりを見回していた。 もしこの場に彼の弟―ダンテがいたらなんと言うだろうか? 『オイオイ…俺は夢でも見てんのか? あのバージルが女と手をつないで歩いてるよ! どうりで妙な天気なわけだ…こりゃ空から女の子が降ってきそうだな!』 その言葉を皮切りに壮絶な兄弟喧嘩が幕を開けるだろう。 …それは置いておいて、辺りを見回していたルイズが「わぁっ」と叫んで立ち止まる 「……?」 バージルがルイズの見ている方向を見ると、そこには宝石商の露店があった。 建てられた羅紗の布に指輪やネックレスなんかが並べられている。 バージルが視線を感じ下を見るとルイズが頬を染め上目遣いでみつめていた。 「ねぇ…見てもいい?」 「好きにしろ」 ルイズは顔をぱぁっと輝かせるとバージルの手を引き露天へと近づく。 すると商人が客だと判断たのか、声をかける。 「おや! いらっしゃい! 見てください貴族のお嬢さん! 珍しい石を取り揃えましたよ。『錬金』なんかで作られたまがい物じゃございません!」 並んだ宝石は貴族がつけるにしては少々派手すぎて、お世辞にも趣味がいいとはいえないものだった。 ルイズはペンダントを手に取る、貝殻を彫って作られた真っ白なペンダント、 周りには大きな宝石がたくさん埋め込まれている。 しかしよく見ると少々ちゃちな作りである、宝石もあまり上質なものは使っていない、安物の水晶だろう。 でもルイズはそのペンダントが気に入ってしまったようだ。 バージルが目ざとくそのペンダントに張られている値札を見る、そこには小さく4エキューと書かれていた。 スッとバージルがルイズの横に出る、ルイズが少し驚いたようにバージルを見る。 するとバージルは一つのペンダントを手に取った。 それは珊瑚色の細長い石を包み込むように絡んだ一対の金の羽、そしてその上にもう一対、 広げた金の羽があしらわれたペンダント。 ルイズが手に取ったペンダントと比べると幾分おとなしめな装飾だがその分上品で洗練されている。 値札を見ると1エキューと小さく書かれていた。それを素早く外すと店主に1エキューを指ではじき飛ばす。 「これをくれ、金はこれでいいな?」 「へぇ、まいど」 「くれてやる、それで我慢しろ」 「えっ…えっ…? あ…」 バージルは突然の出来事に呆然とするルイズにポイとペンダントを放り投げると 人込みをかき分けさっさと歩いていってしまった。 ルイズはしばし呆気にとられていたが、思わず頬が緩んだ。 "あの"バージルが自分のために買ってくれた、それがとてもうれしかった、 ペンダントを愛おしそうになでると、ウキウキ気分で首に巻いた。 「お似合いですよ」と商人が愛想を言った。 バージルに見てもらいたい、そう思い人ごみの中のバージルの背中を追いかける、今度は見失わない。 一方そのころ、歩き去るバージルに一部始終を見ていた背中のデルフが声をかける。 「相棒…お前意外とケチだな…」 「………あの空気だと支払わせられるのは俺だ。出費と時間は最小限に抑えるに限る」 バージルの本音は人ごみの喧騒にまぎれ、消えていった。 前ページ次ページ蒼い使い魔